(2)
「……」
男はピタリとしゃべるのを辞め、ポカンッとした間の抜けた顔で私を見ている。
「はぁー。やっと静かになった」
けど、突然大声出したから、酸欠状態で息が荒くなる。
そんな私を険しい顔で男は暫く見てから、閃いたというように、大げさにポンッと手を打つ。
そうしてから、遠くで見守る群衆に何事かを話しかけている。
と、その中から大きなカバンを持ったおじさんが前に出てくる。
二人は二言三言交わして、おじさんはカバンから何かを取り出して、男に渡したみたいだった。
(何だか人が増えてない?)
私が思わず怒鳴ったせいかしら?
言葉は分からなくとも、何となく好奇な目を向けられてるっていうのは分かる。
今だって、私に近づこうとした子供が、必死な形相の大人に引き戻された。
(別に噛み付いたりするわけじゃないのに。何だか傷つくんだけど)
動物園の猛獣にでもなった気分だわ。
「きゃっ。なに!?」
いつの間にか戻ってきていた男に、いきなり檻の外から腕を掴まれ、すごい力でひっぱられた。
座り込んでいた私は、むりやり立たされて、腕は男に掴まれ檻の外にある。
(この状況って、ものすごく危険じゃない?)
サァーっと血の気が引いていく感じ。
男は手に得体のしれない何かを持っていて、掴んだままの私の腕に近づけていく。
変なクスリとか? もしかしたら、うるさいからって刃物とかで殺されちゃう!?
「こんなところで、訳わかんないまま死ぬなんて嫌!!」
半泣き状態で男の手を振りほどこうと暴れてみるけど、私の抵抗もむなしく、何か手首に冷たい感触を感じた。
「離せ! 変態!!」
更にパニック状態になった私は、火事場の馬鹿力というやつで、見事男の手を振りほどいた。
おまけに、振り回した腕が、男の顎に命中して、男は後ろへと倒れこんだ。
「最悪、最悪! なんなのよ!!」
やっと自由になった腕を胸元に持っていくと、手首には見慣れない銀色に光るワッカがはめ込まれていた。
(腕輪?)
どうやら、冷たい感触の正体はこれだったみたいだ。
「てっめー! 誰が変態だ!! つか、痛いだろーがっ」
起き上がった男が、怒りを滲ませた目で私を睨んでいる。
「だって、いきなり腕を掴むから……って、あれ?」
唐突に言葉が分かるようになっている。
おかしな話、相手が日本語を話しているわけじゃないっていうのは分かる。
けど、なぜかその意味の分からないはずの言葉が唐突に理解出来るようになっているのだ。
「……元気がいい子だねー」
「まったく……は、これで何度目だ?」
「ねーねー? あれって悪い人?」
「見えね……ぞ……」
周りにいる人の言葉も、何を言っているのかやっぱり理解出来る。
「言葉が分かるみたい。これってどういうこと?」
「その腕輪をしてっからだよ」
私の疑問に、男は不機嫌そうな顔ながらも答えてくれた。
「これ?」
付けられたばかりの腕輪に目をやる。
うーん。見た感じ、ただの銀色のワッカなんだけど。
「それは、あんたとこの世界の住人の波長を合わせられるようにしたもんなんだよ」
「波長?」
「だからつまり……あー、あれだ。ほら……そう! 翻訳機ってことだ」
眉間に指を置き、むむっと暫く考える仕草をしてから、男はそう答えをひねり出す。
つまりこれをしていれば、ここの人たちに私の言葉が分かって、相手の言葉も分かると。
ただのワッカなのに、という疑問はこの際考えないことにしておく。
「言葉が分からないって、不安でしかたなかったんだよね。ありがとう」
意思疎通が出来るってすばらしい。
とりあえずは、これでここがどこでどうやったら帰れるか聞けるわ。
「まぁ、これから一緒に暮らすのに、言葉が分からなきゃ不便だもんな」
男はサラッとそんなことを言う。
「はぁ!? 一緒に暮らすってどういうこと? いきなりどうしてそんな話になってるのよ!」
「あぁ。あんたは訳わかんないよな。うん。つまり単刀直入に言えば、あんたは俺が買い取ったんだ」
男は平然とした顔でそう言ったのだった。