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「トキヤ……つったか。あいつは傀儡(かいらい)なんだ」


 家へたどり着き、サガラは唐突にそう言い放つ。


「だから、その傀儡かいらいってなに?」

「それは…………ザット」


 私の問いに言いよどみ、一瞬沈黙したあと、説明が面倒になったのか、ザットへと答えを促す。


「はい。えっとですね。傀儡かいらいというのは、思考を狂わされた操り人形という意味なんです」


 簡単に出て来た答え、だけどそれじゃあ、全然意味が分からない。


「操り人形? つまり、誰かに操られてるってこと?」

「はい。“影獣”えいじゅうにです」


 うーん。また、分からない単語が出て来たわ。

 首をひねる私を見て、ザットは丁寧な説明を始める。


“影獣”えいじゅうというのは、基本的に思念のみであり、目に見える存在ではありません。心や体が弱っている人の体に、いつの間にか入り込んでいるんです。影獣えいじゅうが入り込んでいる人を、僕たちは傀儡かいらいと呼んでいます」

「ちょっと待って。つまり、時夜は今その影獣えいじゅうに体を乗っ取られてるってことなの?」

「そうではないです」

「?」

「乗っ取られたのではなくて、融合してしまっているの」


 否定をして黙り込んだザットに変わり、ジュリアはそう答え、ひどく悲しそうに眼を伏せる。


「融合? え? それって乗っ取られることと何が違うの?」

「全然違えーよ。融合したってことは、トキヤであり影獣えいじゅうでもある。影獣えいじゅうでもあるがトキヤでもある。本人も気づかねーうちに、人格破壊が起きてんだ」


 人格破壊……その言葉にドキリとする。


 先ほど見た、まるで別人のような時夜。

 それが影獣えいじゅうと融合して傀儡かいらいになった所為だって言うんだろうか?


「精霊である僕は、あの人が傀儡かいらいなんだって気づきましたけど、普通の人は、最期になるまで気づかないことがほとんどなんです。人格は破壊されても知能はあります。自分が、傀儡かいらいになったことがバレないように、立ち回りますし、周りの者を傀儡かいらいに取り込んだりもしますし……」

「気が付いた時には、傀儡かいらいに集落一つ乗っ取られるというようなこともあるわ」

 

 気が付いた時には、自分も周りも変えられているってどんな気分なんだろう?

 あまりにも現実離れした話だ。

 もっとも、異世界にいる現状事態、現実離れしてはいるのだけど。


傀儡かいらいは、影獣えいじゅうと融合した存在。うん。ここまでは理解したよ。だけど、傀儡かいらいになったその後は? 人格破壊が起きるってことはつまりどういうこと?」


 そんなことを聞きながら、握り締めた手が汗ばんでいる。その答えはどう転んだっていいものじゃないって分かっている。

 それでも、聞くことを選んだのは自分だ。逃げ出すわけにはいかない。


「個人差はあるけれど、総じて人の恐怖や混沌を好むわ。自分の欲求を満たすためなら、歯止めなく何でもするし、簡単に人だって殺すわ。そして最期は……」

「理性なんてない魔物へと変わる。ただ殺戮と血を好む化け物にさ」


 ジュリアの言葉に続き、サガラが吐き捨てるように言い放つ。

 その言葉に、ジュリアがひどく悲壮な表情を浮かべ俯く。


「時夜もいつかそうなるってこと?」

「いや。もうなっちまってるんだよ」

「え? で、でも、時夜は確かにひどいことをしたけど、化け物なんかには見えなかったわ。会話だってしたし」

「あの人についているのは、かなり上級の影獣えいじゅうなんです」

「上級の影獣えいじゅうにつかれてる奴は、姿かたちは変わらねーし、ある程度自我も保っていられる。けどよ、そっちの方がよっぽど始末に負えねーんだ。あいつを思い出してみろよ。あんなに狂っちまってても、ただ歩いてるだけじゃ、誰も気づかねぇ。人のフリをしてても、化け物であることには変わりねぇ」

「でも、それって何か元に戻す方法が……」

「ねーよ」


 言葉が終わらないうちに、サガラが冷たく言い放つ。


傀儡かいらいだっていうのが分かった時点で、駆除の対象になる。殺すしかねーんだ」

「!?」


 あまりにも衝撃な言葉に頭がクラクラする。


 “殺す”なんて言葉、冗談めかして言うか、遠い世界での言葉でしかなかった。

 こんなにも冷たく重く響いたのは初めてだ。


「じ、冗談でしょ?」


 救いを求めてみんなを見るけれど、誰も肯定はしてくれない。

 その表情に、一縷の希望も見いだせない。


「その影獣えいじゅうだけを倒す方法とか……」

「無理なんだよっ。影獣えいじゅうは何百年も前から存在してる。けどな、人と融合して傀儡かいらいになったところを殺す。そうすることでしか、あいつらを倒せねーんだ。生かしておけば、こっちが捕り込まれちまうんだ! 見つけたら殺す。それが俺たちの世界のルールなんだよっ」


 ここまで来てやっと、サガラたちが私を時夜と合わせたくなかったのか、どうして理由を教えてくれないのかが分かった。

 残酷で冷たい言葉が突き刺さる。

 だけど、そう言葉に出したサガラの表情は今までにないくらいに、悲しそうでつらそうで、何も言葉が出てこなかった。



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