(9)
「トキヤ……つったか。あいつは傀儡なんだ」
家へたどり着き、サガラは唐突にそう言い放つ。
「だから、その傀儡ってなに?」
「それは…………ザット」
私の問いに言いよどみ、一瞬沈黙したあと、説明が面倒になったのか、ザットへと答えを促す。
「はい。えっとですね。傀儡というのは、思考を狂わされた操り人形という意味なんです」
簡単に出て来た答え、だけどそれじゃあ、全然意味が分からない。
「操り人形? つまり、誰かに操られてるってこと?」
「はい。“影獣”にです」
うーん。また、分からない単語が出て来たわ。
首をひねる私を見て、ザットは丁寧な説明を始める。
「“影獣”というのは、基本的に思念のみであり、目に見える存在ではありません。心や体が弱っている人の体に、いつの間にか入り込んでいるんです。影獣が入り込んでいる人を、僕たちは傀儡と呼んでいます」
「ちょっと待って。つまり、時夜は今その影獣に体を乗っ取られてるってことなの?」
「そうではないです」
「?」
「乗っ取られたのではなくて、融合してしまっているの」
否定をして黙り込んだザットに変わり、ジュリアはそう答え、ひどく悲しそうに眼を伏せる。
「融合? え? それって乗っ取られることと何が違うの?」
「全然違えーよ。融合したってことは、トキヤであり影獣でもある。影獣でもあるがトキヤでもある。本人も気づかねーうちに、人格破壊が起きてんだ」
人格破壊……その言葉にドキリとする。
先ほど見た、まるで別人のような時夜。
それが影獣と融合して傀儡になった所為だって言うんだろうか?
「精霊である僕は、あの人が傀儡なんだって気づきましたけど、普通の人は、最期になるまで気づかないことがほとんどなんです。人格は破壊されても知能はあります。自分が、傀儡になったことがバレないように、立ち回りますし、周りの者を傀儡に取り込んだりもしますし……」
「気が付いた時には、傀儡に集落一つ乗っ取られるというようなこともあるわ」
気が付いた時には、自分も周りも変えられているってどんな気分なんだろう?
あまりにも現実離れした話だ。
もっとも、異世界にいる現状事態、現実離れしてはいるのだけど。
「傀儡は、影獣と融合した存在。うん。ここまでは理解したよ。だけど、傀儡になったその後は? 人格破壊が起きるってことはつまりどういうこと?」
そんなことを聞きながら、握り締めた手が汗ばんでいる。その答えはどう転んだっていいものじゃないって分かっている。
それでも、聞くことを選んだのは自分だ。逃げ出すわけにはいかない。
「個人差はあるけれど、総じて人の恐怖や混沌を好むわ。自分の欲求を満たすためなら、歯止めなく何でもするし、簡単に人だって殺すわ。そして最期は……」
「理性なんてない魔物へと変わる。ただ殺戮と血を好む化け物にさ」
ジュリアの言葉に続き、サガラが吐き捨てるように言い放つ。
その言葉に、ジュリアがひどく悲壮な表情を浮かべ俯く。
「時夜もいつかそうなるってこと?」
「いや。もうなっちまってるんだよ」
「え? で、でも、時夜は確かにひどいことをしたけど、化け物なんかには見えなかったわ。会話だってしたし」
「あの人についているのは、かなり上級の影獣なんです」
「上級の影獣につかれてる奴は、姿かたちは変わらねーし、ある程度自我も保っていられる。けどよ、そっちの方がよっぽど始末に負えねーんだ。あいつを思い出してみろよ。あんなに狂っちまってても、ただ歩いてるだけじゃ、誰も気づかねぇ。人のフリをしてても、化け物であることには変わりねぇ」
「でも、それって何か元に戻す方法が……」
「ねーよ」
言葉が終わらないうちに、サガラが冷たく言い放つ。
「傀儡だっていうのが分かった時点で、駆除の対象になる。殺すしかねーんだ」
「!?」
あまりにも衝撃な言葉に頭がクラクラする。
“殺す”なんて言葉、冗談めかして言うか、遠い世界での言葉でしかなかった。
こんなにも冷たく重く響いたのは初めてだ。
「じ、冗談でしょ?」
救いを求めてみんなを見るけれど、誰も肯定はしてくれない。
その表情に、一縷の希望も見いだせない。
「その影獣だけを倒す方法とか……」
「無理なんだよっ。影獣は何百年も前から存在してる。けどな、人と融合して傀儡になったところを殺す。そうすることでしか、あいつらを倒せねーんだ。生かしておけば、こっちが捕り込まれちまうんだ! 見つけたら殺す。それが俺たちの世界のルールなんだよっ」
ここまで来てやっと、サガラたちが私を時夜と合わせたくなかったのか、どうして理由を教えてくれないのかが分かった。
残酷で冷たい言葉が突き刺さる。
だけど、そう言葉に出したサガラの表情は今までにないくらいに、悲しそうでつらそうで、何も言葉が出てこなかった。
お気に召しましたら、拍手いただけると嬉しいです!