(8)
時夜がいなくなってその場には、私とサガラだけになった。
最初に見た、白い花が咲き乱れ雪景色のように綺麗だったその場は、跡形もなく散り踏み荒らされている。
今はほんの少し残った白い花が、心細げに揺れているだけだ。
「サガラ」
「なんだよ」
サガラは、まだ辺りを警戒するように見回している。
「時夜のこと、教えて」
私の言葉に一度だけ動きを止める。
優しい風が私の頬を掠め、サガラの黒髪を揺らす。
「あいつのことは忘れろ」
「そういうわけにはいかないわよ」
「……」
「さっきの時夜は、私の知っている時夜とは違いすぎる。まるで、別人みたいだった」
「……」
「傀儡ってなんなの?」
「……知らない方がいいことだってある。お前が知っても、何とか出来るわけじゃねぇんだ。何も変わらない」
傀儡という言葉に反応し、サガラは私を振り返り、淡々とした口調で言い放つ。
向けられた目は冷めていて暗い。
その目は、どこかさっきの時夜を思い起こさせてドキリとする。
「話を聞かなくちゃわからないじゃない。ここで聞かなくちゃきっと後悔する。知らないで後悔するより、傷ついたとしても知って後悔する方がマシだわ」
サガラの目を真正面から見据える。
もう覚悟はできている。
私が時夜と知り合った所為で、サガラやザットは怪我をした。
ジュリアだって巻き込んだ。
“知らなかった”じゃすまされない。
時夜に何があって、私はどうするべきか決めなくちゃいけない。
「……」
サガラは黙り込んだまま、一言も発さない。
「そんなに私が信じられないかな!? 確かに、私はこの世界の住人じゃないわよ。精霊だって魔法だって知らない世界の住人だわ。けど、だから知りたいの。楽しいことばっかりじゃなくて、嫌なことも大変なこともきちんと知っておきたい。子供扱いしないでちゃんと教えて」
押し黙るサガラに詰め寄り言い放つ。
「ユーミの言う通りです。そろそろ教えておくべきです」
口を噤んだままのサガラに変わって、まばゆい光と共に声が聞こえてきた。
「ザット!? 怪我は大丈夫なの?」
現れたのはザットとジュリアだった。
フワフワと羽をはためかせたザットの体には、先ほどまでの痛々しい傷が消えている。
ただ、裂けた服や黒くなった血の染みが、確かに大きな怪我を負っていたのだということを物語っている。
「はい。ジュリアの治癒術は世界一です。傷も塞がりましたし、痛みもないですよ」
空中で羽をはためかせて、一回転してみせ、戻ってくると深々とお辞儀する。
「ご心配おかけしました」
「ううん。よかった。ごめんね。私が迂闊に買い物なんて行かせちゃったから……」
「違いますっ。謝るのは僕の方です。まんまと、あの人に捕まって、ユーミを危険にさらしてしまいました。サガラにもジュリアにもご迷惑おかけしてしまいました。傀儡に捕まるなんて、精霊失格です」
「あら? 私はお役に立てて嬉しいのよ。それにね、あなたは暫く眠りについていたんですもの。力が戻っていなくても仕方ないわ。ほら、みんな無事だったのだから、何の問題もないわよ。ねぇ、サガラ」
ニコニコとしながら、ジュリアはサガラへと同意を求める。
「あぁ。お前は、最後までユーミの居場所を教えなかったんだろ。責任感じることもねーよ。勝手にフラフラ出て来たのは、こいつなんだからよ」
そう言いながら、鬼の形相でジロリと私を睨む。
(うっ。さっきまでの優しいサガラは幻だったのかも)
「ほら、ユーミをいじめないの。そもそも、きちんと説明しておかなかったサガラが悪いのよ」
ジュリアは窘めるように言葉を向ける。
「お願い、聞かせてよ。サガラ」
全員の視線がサガラに向けられる。
「……分かった。その前に、家に帰るぞ」
「そっか、傷の手当を……」
「もう治った。それより着替えだ。あいつの所為で服もマントもボロボロだ」
そう言いながら、サッサと歩き出す。
とても先ほどまで血だらけだったとは思えない。
「よかった。見た目より傷は浅かったみたいだ」
「……」
安堵する私の横で、ジュリアが微かに表情を曇らせる。
「ジュリア、どうかしたの?」
「いいえ。なんでもないの。行きましょう」
「あ、うん」
いつものように、綺麗な笑みを浮かべるジュリアだったけど、微かな違和感があったのだった。
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