(4)
「そんなの放っておけばいい」
「放っておけるわけないでしょ!? 」
言い合う時間も惜しくて、時夜を避けて歩き出そうとしたのだけれど、なぜか一歩も動けない。
まるで地面に縫い付けられているみたいだ。
(なんなのよ、これ!?)
「だってひどいんだぜ? 優美のとこに行こうとしたら、この森一体結界が張られててさ、家に全然たどり着けないようになってんの」
時夜はふて腐れた声で話始める。
声を出そうとしたけれど、いつの間にか声もでなくなっていた。
「で、そいつ見つけて道案内を丁寧に頼んだのにさ。絶対嫌だの一点ばり。ムカついた俺の気持ちも分かるだろ?」
馬鹿みたいにその場に突っ立ているだけの私に、時夜は同意を求めるように視線を向ける。
「……」
「よかった。優美なら分かってくれると思ってたよ」
体も動かない。
声も出ない。
そんな私に向かって、時夜は満足げに笑いかける。
ゾクリと寒気が走る。
どうしてこんな時に笑えるんだろう?
私の手の中には、傷だらけのザットがいる。
微かな息遣いを感じるけれど、それもだんだんと弱まっているように感じて不安で仕方ない。
「暗示系はダメだけど、物理系なら優美にも効果あるんだね。うーん。少し時間をかければ暗示もうまくいくかな?」
時夜は訳が分からないことを呟きながら、私の髪をひと房すくい上げ口づける。
(お願いだから行かせてよ!)
信じたくはないけれど、もうこの異常事態に、時夜が絡んでいるのだということは、疑いようもない。
かろうじて動かせる目を向けて、懸命に訴えかける。
「あぁ。ごめん。その汚い虫は捨てた方がいいね」
「!?」
私を一瞥し、次にザットへと視線を向けた時夜の口から、信じられない言葉が漏れる。
心底冷めた目をした時夜を見た瞬間、私の中で何かが切れた。
「……な……」
「優美?」
「ふざけるなって言ってんのよっ!!」
「うわっ」
口と足が同時に動いた。
怒りに任せて、目の前にいる時夜のお腹を思い切りけり倒した。
「ザットは、この世界の私の大切な家族なんだからっ。いくら時夜でも、ザットにひどいこと言うのは許せない!!」
ザットがいてくれたから、救われたことはたくさんある。
小さな体で、いつも私を守って側にいてくれた。
一緒に過ごした期間はまだ短いかもしれないけれど、その存在はかけがえのない大切なものなんだ。
「ぷっ。あはははっ」
後ろへ倒れ込み半身起こしたままの体制のまま、時夜はポカンッとした顔をしていたけれど、次の瞬間には盛大に笑いだす。
そんな時夜を、戸惑いと悲しみと怒りとがないまぜになった気持ちで見下ろす。
「いい蹴りしてるなぁ。ますます惚れた」
「ふざけないでよっ」
「本気だよ。だから……さ」
時夜はフッと表情を冷たいものに変え、私の手の中に視線を向ける。
「え?」
次の瞬間には、私の手の中にいたザットは空高く浮かんでいた。
「目障りなんだよ。死にぞこない」
ヒヤリと冷たい声と冷たい視線。
「な、何する気!? ザットを返して!」
「邪魔なものは排除しないとさ」
空中に浮かぶザット。
その周りには、どす黒い刃が四方を覆っている。
ガラスの破片のように鋭い刃は、すべてザットへと向けられている。
「嫌……や、やめて」
それらがザットに向かって飛んだらどうなるか。
声は自然と震えてしまう。
「……」
「!」
空気が変わるのが分かった。
カタカタと動き出すどす黒い破片は、ザット目がけて飛んで行った。