(2)
サガラが出ていくと、恐る恐るという感じで、ザットが近づいてくる。
「サガラはユーミのことが心配なんです。決して、意地悪しているわけじゃないんですよ」
「時夜はいい子だよ? 何も心配することなんてないのに」
「……」
「ザットは理由知ってるんだよね?」
「サガラが言わないことを、ぼ、僕が言うことは出来ないんです」
「ふーん。知ってはいるんだね」
その場でふよふよと浮いているザットをじーっと見つめる。
「あぅ……」
「ザットは私の味方でいてくれるって思ってたのにな」
明らかに動揺しているザットへ揺さぶりをかけるように、悲しそうにつぶやいてみる。
「あぅあぅ。僕はユーミの味方ですよ。だけど、サガラとの約束は破れないんです」
今にも泣きだしそうに瞳を潤ませてうつむく。
「わ、分かったよ。困らせてごめん。もう聞かないってば!」
泣き落とすつもりが泣き落とされてしまった。
「ごめんなさい。ユーミ」
「やだな。ザットは悪くないいじゃない。あ、そうだ! 気分転換にお菓子作るからさ。ザットのリクエストに答えるよ。何がいい?」
「いいんですか?」
「うん。なんでもいいよ」
「じゃあ、クッキーがいいです。サガラも大好きだから、きっと喜びます」
「あはは。了解」
キラキラした瞳で言われて思わず苦笑してしまう。自分の食べたいものより、サガラの喜ぶものをリクエストするのがザットらしい。
苛々していた気持ちが少しだけ和む。
「よしっ。じゃあ、クッキーを……あぁ!」
「どうかしましたか?」
「クッキーに必要なスハ粉が足りない」
私の世界でいうところの小麦粉だ。
あれがなければ、クッキーは作れない。
「じゃあ、僕が買いに行ってきます」
「ザットじゃ無理だよ。すごく重いんだから」
「平気です。僕は魔法が使えますから。そのくらい朝飯前です」
「だけど、私も一緒に行った方がいいじゃない?」
「いいえ。任せてください。ユーミは待っていてください」
「うーん。じゃあ、お願いしても大丈夫?」
「はいっ」
張り切るザットの姿に押し切られ、私は一人留守番となったのだった。
………………
闇が広がる。
そこがどこなのか、私には全然分からない。
不快で寂しい場所。
ブルリと震えたのは、寒さより不安からだ。
(嫌な夢)
そう。それが夢なんだって認識はある。
目を覚ますと忘れてしまうのに、眠りに落ちると思い出す。
≪なぁ。こんなところにいていいのか?≫
声が耳に響く。
それは頭の中に直接囁かれたような声。
それでも、辺りを思わず見回してしまう。
≪相変わらずのんきで緊張感のない女。本当に“……”なのか?≫
よくわからないけれど、小ばかにされているのは分かる。
「誰なの? 姿を見せなさいよっ」
真っ暗なその場所に人の気配はない。
“怖い”といより、ムカつくという感情が上回る。
この声は嫌いだ。
似ているのに違うから。
全然違うくせに似ている。
(あれ? えーと。誰に? ん? あれ? 私、誰のことを今思った?)
思った瞬間にすっぽりと記憶が抜ける。
≪俺だって早く会いたいさ。お前に会いたいよ≫
まるで恋人に囁きかけるような甘ったるい声。
無性に嫌悪感が広がる。
「あなた誰なの?」
≪まだ内緒だ。もうすぐ分かるさ。それより、こんなところに居ていいのか?≫
「どういう意味?」
≪あんたの小さな騎士が助けを求めてるぞ。まさに虫の息だな≫
愉快そうに言い放ち低く笑う声が響く。
「小さな騎士って……」
言いかけたその時、世界が歪む。
突然闇の世界から引き戻された。
………………
「あれ? あー、寝ちゃってた?」
ザットが買い物に出かけて、用意を整え終わって椅子に座って寝ていたらしい。
「夢を見たんだけど……思い出せないな」
何だかあんまりいい夢ではなかった気がする。
思い出せないけど、何だか不快な感じが残っている。
「……ザット、遅いなぁ」
市場まで、それほど遠いわけじゃない。
そのうえ、ザットは空を飛んでいくわけだし、私といくよりずっと早くたどり着けるはずだ。
≪あんたの小さな騎士が助けを求めてるぞ。まさに虫の息だな≫
ドクンッ。
何だか分からない言葉が頭にひらめいて、胸の鼓動が大きくなる。
嫌な予感が胸に広がってどうしようもない。
(行かなきゃ!)
居てもたってもいられずに、私は家を飛び出した。
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