1章 そこは異世界!?(1)
気が付けば、そこは異世界だった。
そんな書き出しの小説を読んだことはあるけれど、まさか自分がそんな状態になるなんて夢にも思わなかったわ。
信じられないことだけど私、高市優美は、異世界に迷い込んでしまったらしい。
なぜ、ここが異世界だって分かるかって?
そんなこと、この場にいれば誰だって気づくと思う。
だって今まさに、私の目の前で戦いが繰り広げられてたりするんだから。
映画の撮影じゃなければ、ドッキリでもない。
本物の剣と魔法。
右の若い男が剣で切りかかれば、左にいるおじいちゃんがブツブツ言いながら、杖から炎を出して応戦する。
何て言うか、この臨場感はその場にいなきゃわかんないと思うけど、ともかくものすごい迫力がある。
命をかけて、これがイカサマじゃないって断言できる。
私的には、これが夢であってくれた方が嬉しいんだけどね。
大体、悠長に実況中継してる場合じゃないのよ。実は。
なにせ、私は鉄格子の檻の中、手は太い鎖で繋がれて、足についた鎖の先にはご丁寧にもめっちゃ重い鉄球付き。
私ってそんなに危険にみえるの?
私はただの非力な女子高生なんだけど。
間抜けなことにパジャマ姿だしさ。
それなのになに?
この“猛獣注意”みたいな扱いは。
そもそもあまりにもおかしいわよ。
だって、ついさっきまで、自分の部屋で気持ちよく寝ていたはずなのよ。
夜中に喉が乾いて目を覚まして、部屋のドアを開けてたら……“落ちた”のよね。
ドアを開けたら、その下は何もない空洞だった。
でさ、もちろんそこから一歩出れば落ちるわけ。
真っ逆さま?
出るなよって話だけど、空洞だって気づいたのと、足が出たのは一緒だったんだもの。
だって普通、部屋から出て穴があるとか予測不可能でしょ?
若干鈍いことは認めるけれど、これはどう考えてもあるはずのないところに穴がある方が悪いと思う。
落ちて、気が付いたら目の前に青い空が広がっていた。
そう。それはまるで、空から真っ逆さまに落ちてしまったかのよう。
生い茂る草の上に身を横たえたまま暫くの間、現実を受け入れることが出来ず、私はひたすらに空を見つめていた。
そして、起き上がったと同時に後ろから口に布を当てられて、意識を失って、気が付いたら檻の中だったというわけ。
何度思い返してもありえなさすぎる!
すでに色々とありえなさ過ぎて、現実逃避気味。
と、そんなことを思っていたら、一際大きな歓声が聞こえてきた。
(なにごと!?)
見れば、若い男がおじいちゃんに剣先を突きつけている。
うーん。勝負あったってとこかしら?
私はあらためて、勝者の男をまじまじと見てみる。
歳は多分、私より三つ四つ上くらいだと思う。
周りの観衆は髪や目の色が色々いるんだけど、この人は黒髪に黒い瞳。
雰囲気も日本人ぽい。
黒髪は無造作ヘアで首に少しかかる程度の長さ。
普通に街中にいそうな、ちょっとオシャレなお兄さんって感じ。
背はそこそこ高いし、何気にイケメンだわ。
雰囲気はなんていうか、やんちゃないたずらっ子ていう感じ。
格好は、見事に上下共に真っ黒な上に、羽織っているマントまで黒い。
何かのコスプレにしかみえない。
もっとも、周りもみんなコスプレ状態だし、こういう服装がここでの普通みたいだ。
よくよく観察していた私は、その男とバッチリと目が合ってしまった。
すると、私に向かって真っ直ぐと歩いてきた。
(こっち来た!?)
檻の中で座り込んでいる私の前で、男も目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
私を値踏みするかのように、繁々と無遠慮に見てくる。
あからさまにジロジロ見られるって気分悪い。
しかもこんなパジャマ姿を。
「な、なによ?」
私はイラッとして、男をおもいっきり睨むかのように見返す。
もっとも男は全然動じてなくて、むしろおもしろいものを見るかのように口元を緩める。
「▲☆×◎◆※×○▲※☆◆」
男は、私へと何か言葉を発する。
ただし、なにを言われているのかはさっぱり分からない。
一体、これは何語なの!?
色々な国の言語を目まぐるしく頭に思い浮かべるけど、まったく検討もつかない。
いやいや、そもそも何語か分かったところで、私は日本語しか話せないから!
どうりでさっきから、周りの声がよく聞き取れないと思ったら、私の知らない言語だからなのね。
ぼんやりそんなことを思っている私に、男はさっきから何かを言っている。
なんだろ? うーん。身振り手振りを加えつつ、段々と大声になってくんだけど。
「あの……」
言っている意味分からないんだってば……て言いたいのに、男は矢継ぎ早にまくし立てて言葉を発する余地がない。
なんかすごいイライラする。
何でいきなりこんな意味わかんないことになるわけ?
夜中に部屋から出たらいきなり落ちて、訳のわからない奴に檻に押し込められて、挙句、訳のわかんない奴に訳のわかんないこと言われて……。
「もう……嫌……」
なおもしゃべり続ける男を睨みつける。
「うるさいってば!! 言ってる意味わかんないし、そもそもあんた誰よ!? 名を名乗れっつーの!!」
私はイライラを込めて思いっきりそう怒鳴った。