(5)
「それでさ、そいつってどんな奴なんだ?」
いつもの気安い感じでそう聞いてきた。
(考えすぎ?)
冷たいと感じたはずのその目は、今は好奇心をむき出しにして、楽しそうに輝いている。
何だか、学校で友達と他愛もない話をする時みたいで、ちょっと嬉しい。
サガラやザットとは、こういうノリにはならないから。
「意地悪で口うるさくて無神経な奴」
嫌いな先生を評価するみたいに、思わず不満点が口を吐く。
今はサガラのことを考えると、モヤモヤするんだもの。
「さんざんな言われようだな。てかさ、なんでそんな奴のとこにいるわけ? 無理してるなら、やっぱり俺のところにくればいいじゃん」
「別に無理はしてないよ……なんでか、あいつの家にいるの嫌じゃないんだよね」
最初は無神経ですごく嫌な奴だって思ったし、すぐ出てってやるって考えていた。
けど、いつの間にかあの場所は私にとって、居心地がいい場所に変わっていた。
「嫌な奴だけど、悪い奴じゃないんだよね。最近、素直じゃないただの意地っ張りってわかってきたし」
今日だって、残した料理は後で食べるってわざわざ言って出かけたし。
それは多分、“ごめん”という言葉の代わりなんだ。
「ふぅん」
時夜が気のない感じで相槌をする。
貶してほめて、結局どっちなんだよって思ったのかも。
でも、それが私の本心だ。
言葉にして、何だかすっきりしてきた。
この世界に来て、サガラに拾われてジュリアに会って、ザットも加わって、毎日がそれなりに楽しい。
いつの間にか、この世界での私の居場所は、サガラのいるあの家だって思うようになってた。
(そっか。そういうことなんだよね)
私がモヤモヤしている理由。
それは、サガラのことを何も知らないからじゃない。
サガラが、私を拒絶しているように感じたからだ。
近くにいるのに、何か大きな壁があって、そこから立ち入らせてくれない。
急に突き放されたような感じがして、ショックだったんだ。
「もしかして、優美はそいつと付き合ってんの?」
黙っていた時夜が急にボソッと呟くように訊ねる。
「はぁ!? な、なんでそうなっちゃうの!?」
思ってもみなかった言葉に、動揺して声が上ずってしまう。
「違うのか?」
時夜の問いにコクコクッと力いっぱい頷く。
「サガラと付き合うなんてありえないしっ」
そうだ。そんなことありえない。
ジュリアもなぜか誤解しているけれど、そもそも、出会ってすぐに恋愛対象外的なことも言われているわけだし。
私だって、そんなこと考えたこともない。
「そっか。でも、早めに駆除した方がいいかもな」
「駆除って何の話?」
「いや、こっちの話。何でもないよ。それよりさ、俺サガラに会いたいんだけど」
「えぇ!? なんで?」
「挨拶しといた方がいいかなぁって思って。優美がこんなに想っている相手、一度見てみたいしさ」
「だから誤解だってばっ。誰があんな性格ねじ曲がった奴のことなんか……」
「誰がねじ曲がってるって?」
唐突に真後ろから、聞き覚えがある声が降ってきた。
「へ?」
殺気だったオーラを感じて、思わず恐る恐る後ろを振り返る。
「……」
そこには、不機嫌全開モードのサガラが仁王立ちしていた。
「なっ。い、いつからそこにいたの!? てか、なんで毎回気配なく後ろにいるのよ!」
お前は忍者か! って、ツッコミを入れかけて、この世界に忍者がいるか分からないので、その言葉は飲み込んでおく。
「お前がいちいち、俺の前にいるのが悪いんだろーが。つか、何一人でこんなとこに来てんだよ」
自分勝手な理屈にムッとする。
そもそも、サガラだって行先を言わずに出かけちゃうんだし、文句を言われる筋合いはない。
そう思って口を開きかけたんだけど……。
「ユーミ! 帰ったらいないし、心配しましたぁ」
「うっ。ご、ごめん」
瞳を潤ませ目の前にやってきたザットを見たら、急に罪悪感が芽生えて、思わず謝ってしまった。
確かに、今まで一人で出かけたことがなかったし、そのうえ何も言わずにいないとなれば、心配もするだろう。
ザットには悪いことをしちゃった。
とりあえず二人を紹介しなきゃと思い、時夜を振り返る。
「……やっぱりか」
時夜は後ろを振り返ることもせずに、ひとり心地で呟き、クスリと小さく笑う。
「チッ」
その呟きを聞き、サガラは不快そうに眉を顰め、時夜の背中を睨みながら小さく舌打ちをする。
(な、なにこの雰囲気!?)
明らかにその場の空気が冷たくなった。
なぜかわからないけれど、張りつめたような緊張感がある。
ザットも時夜を見る表情は険しい。
あまりに冷たいその空気に私も言葉なく二人を交互に見る。
「帰るぞ」
と、サガラは唐突にそう言い放つと、前に回り込み私の腕をつかむ。
「え? ち、ちょっと引っ張らないでよ!」
有無を言わさない強い力で、そのまま引きずられるように歩き出す。
「ごめんね、時夜。また今度!」
時夜に向かってそう叫ぶのが精いっぱいだった。
時夜は笑顔でヒラヒラと手を振って答えてくれた。
一瞬おかしな雰囲気だったけど、気を悪くしたってことでもないらしい。
「……」
だけど、私の腕をつかんだまま早足で歩くサガラは、明らかに不機嫌だ。
というか、妙に殺気立っている。
けど、私だってそれに負けないくらいムカついている。
「意味わかんない。サガラ、ちゃんと説明してよ」
「……」
私の問いに何も答えない。
そのうえ、私の腕を掴むサガラの手は食い込むほどに強くて、それが更に苛立ちを強くする。
「腕が痛い」
「!」
ボソッと呟くと、初めて気づいたとでもいうように、驚きの表情を浮かべたサガラは、腕から手を放す。
「何なの、一体!? 時夜……私と一緒にいた人と知り合いなの? それにしても、あんな態度、失礼じゃない」
「ですが……」
「いい。余計なこと言うな」
何か言いかけたザットの言葉を遮り、続けて私に視線を向ける。
「あいつにはもう会うな」
「だから、理由を説明してよ」
異世界で出会った同じ世界の住人。
私にとっては大切な友達だ。
それなのに、理由も言わず、ただ“会うな”なんて横暴すぎる。
「いいから言うことを聞け」
「なにそれ!? どうして話してくれないのよ。私ってそんなに信用ないの?」
「……」
とうとうサガラは黙り込んでしまった。
本気で説明する気がないらしい。
「サガラの馬鹿! 最低!!」
あまりにもムカつきすぎて、思わず単純な罵倒が口をつく。
それでも何も言わないサガラに、怒りも頂点に達した。
すでに見えている家に向かって一目散に駆け出して、私はそのまま自室に入り、扉を思い切り閉めた。