(4)
賑わう広場にある一角のベンチ。
そこに座って、ぼんやりと人の行き交う様子を見るとはなしにみる。
“待ってるから” そう言っていたけれど、そこに時夜の姿はない。
(そうだよね。時夜だって一日中いるわけじゃないよね)
今はちょうど昼時を少し過ぎたくらいだ。
前に会った時は夕暮れ時。
よくよく考えれば、こんな中途半端な時間にいるはずもない。
「はぁー。ダメだなぁ。ちょっとは考えようよ、自分」
思わず自分にツッコミを入れてしまう。
勢い込んで来た分、このまま帰るのも何だか馬鹿みたいだし、かといって一人で買い物という気分でもない。
「おい見ろよ。傀儡もどきがいるぞ」
「!?」
顔を上げると知らない男が二人、私を無遠慮に見ていた。
「すごいな。色なしか」
どうやら私のことらしい。
(カイライもどき? 色なし??)
意味は分からないけど、その眼差しはとても不愉快だ。
市場で檻に入れられていた時の感覚を思い出す。
奇異なものを見る不躾な視線。
目が合うと、二人で何か耳打ちをしながらニヤニヤと笑っている。
(か、帰ろう……)
急速に心細さが募って、そう決断すると立ち上がる。
と、二人の男がこちらに向かってくる。
(なんでこっちに来るの!?)
心臓がドキドキと音を立てる。
走って逃げるべきなのか、素知らぬふりでゆっくり立ち去るか。
咄嗟に判断がつかなくて、思わずその場に立ち尽くしてしまう。
そうこうしているうちに、男たちが目の前に立っていた。
「お前……」
「お待たせ! ハニー♪」
「ぎゃあっ」
唐突に後ろから抱きつかれて変な声が出た。
「照れなくてもいいのになぁ。それとも、待たせたこと怒ってる?」
拗ねたような甘えたその声は聞き覚えのあるものだ。
「時夜!?」
「うん。遅れてごめんね」
振り返ると、ベンチを隔てた先に満面の笑顔の時夜が立っていた。
人懐っこいその笑みに、張っていた気がゆるゆると溶けて、思わずベンチに座り込む。
「優美!?」
「ご、ごめん。ちょっと安心したら力が抜けちゃって」
私たちのやり取りを、目の前にいる男たちは白けたような目で見ている。
「なんだよ、お前。この傀儡もどきの知り合いか?」
明らかに不機嫌そうに、男の一人がドスの聞いた声で時夜に言葉を向ける。
時夜よりもずっと恰幅のいい男。
もし手が出たら、華奢な時夜には間違いなく勝ち目がない。
「うざっ。お前こそ何だ? 人の女に気安く近づくなよ」
(!?!?!?)
なんか今すごいセリフが聞こえてきた。
空耳!? 幻聴?
「……」
振り返って言葉を無くす。
(時夜……だよね?)
そう。そこにいるのは時夜だ。
赤髪で釣り目がちな今時風な男の子。
だけど、無表情に男を睨むその姿は、寒気を覚えるほどに冷たく強い威圧感を漂わせている。
まるで虫けらでも見るかのように見下した瞳には、温かみの欠片もない。
「な、なんだよっ。ちょっと声かけただけじゃねーか」
「行こうぜ!」
怯えたように二人の男はその場を立ち去る。
あとに残された私は、信じられない光景にただ唖然としてしまう。
「ホント遅れてごめん。仕事が長引いちゃってさ」
私の隣りに座った時夜は、私の知っている人懐っこい時夜に戻っている。
「あ、ううん。その、ありがとう」
「なにが?」
「一人で心細かったから、時夜が来てくれて助かった」
「お姫様を助けるのは王子様の役目だからさ」
サラリと恥ずかしいセリフを口にする時夜に、思わず笑ってしまう。
「私、お姫様ってガラじゃないよ。あはは。時夜ってばおもしろい」
「えー? そこは爆笑するところじゃなくて、うっとりするところなんだけど」
「うん。びっくりしたけど、格好良かったよ」
実はちょっと怖かったけど、助けてくれたんだからそんなこと言うのも失礼だ。
思わず話を合わせてしまった。
「惚れ直した?」
「えーと、あはは。それより、仕事って何の仕事? あ、もしかして違う場所で歌ってるとか?」
「それとは違うこと。内緒の仕事」
唇に人差し指を当てて軽くウィンクをして見せる。
ものすごく気障な仕草だけど、時夜がやると妙に似合ってしまうから不思議だ。
それにしても、サガラに続いて時夜にまで仕事を教えてもらえないなんて。
(この世界では仕事を口にしちゃいけない決まりでもあるのかしら?)
半ば現実逃避気味にそんなことを考える。
「ごめん。いつかちゃんと話すからさ」
「やだな。時夜が謝ることじゃないよ。そういうことだってあるよ。うん」
やっぱり、本人が言いたがらないことを他の人から聞くなんて、いいことじゃないんだよね。
勢いで出てきたものの、今更冷静になってきた。
「優美、何だか元気ないよな? 今日は一人だし。もしかして、同居人と喧嘩でもしたとか?」
「そうじゃないけど……」
「じゃないけど、何か有った?」
時夜の問いにハタッと我に返る。
よくよく考えれば、サガラのことを何も知らなくたって、別にこんなにムキになることじゃないんだよね。
私はそのうち元の世界に帰るわけだし。
そうしたら、もう二度と会うこともない相手なんだ。
「何でこんなにムキになってるんだろ。ホント、訳わかんない」
「優美?」
「へ? あ、えっとね。ちょっと考え方の相違があったというか。なんか、相手の気持ちを知るのって難しいよね」
思わず時夜に愚痴をこぼしちゃう。
「やっぱさ、俺のとこに来ればいいんだよ。俺なら、優美のことすごく大事にするし。このまま一緒においでよ」
真剣な眼差しで見つめられ、なぜか手を握られていたりする。
「そ、それは遠慮しとく。一応、サガラには恩義もあるし」
時夜に見つめられるのは何だか苦手だ。
クラクラして、何も考えられなくなっちゃうような妙な感覚になる。
慌ててさりげなく手を振りほどき、なんとか言葉を吐き出す。
「サガラ? それが優美の同居人?」
「うん。そうだけど……」
「そっか。優美にそんなに気にかけてもらえるなんて、少し妬けるかな」
ニッと笑って朗らかに言い放つ。
(今のは気のせい?)
“サガラ”の名を聞いた瞬間、時夜の表情が一瞬だけ強張った気がした。
何だかさっきの人たちを追い払った時のような、冷たい目をしているように見えてドキリとした。
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