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夜明け前の悪夢

 サガラは夢を見ていた。

 覚えているはずのない過去の夢。


 外は嵐を思わせる暴風雨。

 部屋の中は、湿気があり生温かくまとわりつくような空気が立ちこめている。

 体に嫌な汗をかいている。


「嫌! 嫌よっ。生みたくない! 殺してっ。お願いだからこのおなかの中の“獣”を殺して!!」


 ベッドに横たわっているお腹の大きな女が、半狂乱になって泣きわめいている。

 周りを取り囲む者たちが数人で、女を取り押さえている。

 皆、青い顔で悲痛な面持ちをし、泣きだしている者さえいる。


「あっ! はぁはぁ……」


 やがて、女は苦しそうに浅い息を繰り返す。

 もうすぐ子供が……“獣”の子供が生まれるのだ。

 長くもあり短くもある時間。

 やがて、部屋いっぱいに赤子の泣き声が響き渡った。

 その場にいる者たちからは、安堵ともあきらめとも思えるため息がこぼれる。


「男の子でしたぞ。この子に罪はない。これもまた運命じゃて」


 子供を取り上げた老婆が、母親になったばかりの女に赤子を近づける。

 赤子は涙を浮かべ目を瞬く。

 その瞳の色は黒。

 そして、うっすらと生えていた髪もまた黒かった。


「ひっ」


 女はまるで汚いものを見せられたように、短い悲鳴を上げて目を伏せた。

 そして次の瞬間、キッと赤子を睨むと、ベッドの中に隠し持っていた短刀を赤子に振り上げた。

 お産を終えた直後の女が、短刀を振りかざすなど、誰も予期できないことだった。


「ぎゃあっー」


 短刀の刃が赤子の腕を掠め、赤いすじを作る。


「なんてことを!?」


 老婆は赤子を抱き抱え、女から離れる。

 一歩間違えば、刃は赤子の心臓を切り裂いていたことだろう。

 その場は凍りついたように誰も動けず、赤子の泣き声が響き渡る。

 未だ短刀を握りしめたまま、女は虚ろな瞳で赤子を見つめながら、ただ同じ言葉を繰り返す。


「死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで」


と……。


………………


「!?」


 サガラはベッドから飛び起きる。

 体中の毛穴から汗が噴き出している。


「くそっ」


 夜明け前の暗闇の中、思わず悪態を付く。

 静寂が支配するそこでは、小さな声も嫌になるくらい大きく聞こえる。

 そっと片腕に触れる。

 そこには、うっすらと傷跡がある。

 母親に殺されかけた時の傷が……。

 サガラは時々こうして夢を見るのだ。

 覚えているはずもない。過去の夢。けれど分かっている。あれは確かに過去にあった出来ごと。

 夢に見ることも、もう何度目か分からない。

 忘れたくても忘れられない。

 忘れさせてくれない。

 それは強い呪いのように、サガラの心を強く戒める。


「あぁ。分かってるぜ? 忘れてなんかいねーっていうんだ」


 暗く笑いを零し、誰かに語りかけるように呟きを洩らす。

 久方ぶりの悪夢の原因は分かっている。


 夕方、サガラが家に帰ると明かりは消えていた。

 帰ると暗くて当たり前だったその家に、明かりが灯るようになって久しい。


「何でいないんだよ」


 いるはずの者が家にいないという事実に、サガラは自分でも驚くほどにうろたえた。

 最近引き取ったユーミという異世界の少女。

 捕まった異世界人が売り物にされていることは珍しいことではない。

 いつものサガラなら、冷めた目でスルーしていたはずだ。

 ただ、黒髪に黒い瞳というそのうたい文句に足が止まった。

 檻の中で鎖に繋がれた少女は、何も知らずに眠っていた。

 見ればすでに買い手がついたらしく、如何わしい雰囲気の老人が商人と話しこんでいる。


(けっ。俺が知ったことか)


 そう思うのに、なぜか立ち去ることが出来ない。

 自分と同じように黒髪と黒い瞳。

 この世界では、無条件に忌み嫌われる色。


(しかも、あんな奴に買われちまったら、何をされるか分かったもんじゃねぇ)


 異世界人に対しての法がまだ甘いこの世界。

 買い手が異世界人にどんな扱いをしても咎は受けない。


「あー、くそっ! おいっ。ちょっと待てよ!」


 結局、所有権をかけて戦う羽目になったうえ、商人には大金をふっかけられた。

 ユーミには5クルーと言ったが、実際はその10倍は出している。

 正直、引き取ってから本気で自己嫌悪に陥った。

 勢いで引き取ったはいいが、どう関わったらいいのか分からない。

 だから、どこかユーミが住める適当な場所を見つけて、すぐに手放すつもりだった。

 それなのに、いつからだろう? 

 その存在があることが当たり前になっていた。

 それどころか、“居心地がいい”とさえ、感じるようになっていた。

 精霊であるザットが目を覚まして、結局ユーミを遠ざけるきっかけも逸してしまった。

 いや、本当は、それはただの言い訳。

 サガラ自身が気づかないフリをしていることだが。


「ちっ。世話のかかる」


 サガラは開けたばかりのドアを乱暴に閉めると外へと出る。

 もともと気まぐれで引き取った少女。

 ここでいなくなったところで、大した痛手もない。

 もとの静かな生活に戻るだけだ。

 そう思いながら、サガラは“らしくない”と思いつつ、ユーミを捜しに出たのだ。

 自分でも不可解な行動だった。

 こんなことをしている自分が滑稽で笑いさえ起きそうになる。


「なんで俺があいつの心配なんかしなきゃいけねーんだよ」


 こんなことは始めてだった。

 自分から離れたものを捜そうとするなど。

 もしかしたら、自分から逃げ出したのかもしれない。

 それなら放ってくべきだ。

 何かに巻き込まれたなら自業自得だ。

 そう考えながらサガラはユーミを捜している。

 思考と行動が矛盾している。


「!」


 市場手間の広場前にユーミはいた。

 ユーミと一緒にいたザットがさきにサガラの存在に気が付き、その姿を見、慌てて飛び去っていく。


「……」


 サガラは何と声をかけていいか分からずにその場に佇む。


「サガラ! こんなところで何をしているの?」


 自分を見つけたユーミのすっ呆けた声を聞き体中の力が抜けた。


 ユーミは“無事”で自分から“逃げ出した”わけでもなかった。

 “まだ”側に居ても大丈夫だ。


「迎え来てくれてありがとね」


 屈託なく笑顔でそう言ったユーミを、無性に抱きしめたい衝動にかられ、寸でのところで押しとどめる。

 ユーミと出会ってからまだ数えるほどだ。

 それなのにその存在は大きくかけがえのないものになりつつある。


「これはやべぇな。かなりきてやがる……」


 暗闇の中、独白が口を付く。

 いつか手を出してしまうかもしれない。


 “女には飢えていない”


 いつか、ジュリアに言った言葉。

 それは本当のことだ。

 限りなく闇に近いところで生きてはいるが、サガラには『富』も『名声』もある。

 見目もその特異な色である“黒”を除けば女をひき付けるには十分な容姿だ。

 言いよる女は数知れない。

 ひと時の相手なら腐るほどいる。

 来る者を気まぐれに相手をし、去る者は一切追わない。

 そう言う風に生きて来た。

 それなのに、ユーミが“いない”と思った時、居ても立っていられなくなっていた。


「馬鹿馬鹿しい。なんであんなガキに。ただの気の迷いだ」


 吐き捨てるようにそう言い放つ。

 まるで自分自身を納得させるかのように。


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