(4)
小野上時夜。
それが彼の名前だ。
なんと年も私と同じで、元の世界では、住んでいる場所もけっこう近いということが判明した。
少し話をしたいからと、ザットには先に帰ってもらって、広場の一角にあるベンチに二人で座る。
「時夜は、どうやってこの世界に?」
「ああ。さっき、優美に聞いたのと同じような状況。俺の場合はスタジオだったけど」
「スタジオ?」
「そう。俺、バンド組んでるんだ。無名の駆けだしなんだけど」
その言葉で何となく納得する。
時夜の赤い髪は、きっとバンドをしているためだろう。
でもそれが逆に、この世界では違和感なく溶け込んでいる。
「そうなんだ。どおりで歌がうまいはずだよね。さっき、思わず聞き惚れちゃったもん」
私の言葉に、時夜は照れたように頬をかく。
「そう言ってもらえると嬉しいな。たまに歌ってるからさ。今度また聞いてくれる?」
「うん! ぜひっ」
こうして同じ世界の人と仲良くなれるのは、また違った嬉しさがある。
「優美はどこに住んでるんだ? なんかさっき小っこいのいたけど、あれ精霊だよな? もしかして、精霊に拾われたとか?」
「ううん。今の子も一緒に生活してるけど、私を拾ったのは別の人。今はそいつの家でお手伝いさんみたいなことしてるの」
「マジ? それって大変じゃん。大丈夫なのか?」
時夜が気遣わしげに、私の顔を覗き込む。
その表情から心底心配してくれているのが分かる。
「うん。別に無理やりやらされている訳じゃないし。けっこううまくやってるよ」
まさか、意外に快適ライフとも言えなくて、あやふやに笑ってごまかす。
「そうなのか? なぁ、もし嫌なら逃げて俺のとこくれば? 俺、一人暮らしだし、ここに来て一年近く経って生活も安定してるんだ。優美なら大歓迎だしさ」
「えぇ!?」
サラリと出された時夜の提案に驚いて思わずおかしな声が出る。
そりゃ、同じ世界の人が一緒なのは心強いし、何だか安心する気がする。
だけど、一緒に住むとなると話は別だ。
「えーと。その、実は今住んでいるところって、嫌いじゃないんだ。それに、私がいなくなったら、あいつも困るだろうしね」
サガラが掃除や料理、洗濯する姿なんて想像できない。
まして、小さなザットにサガラの世話は無理だろうし。
それにだ。あそこにいれば、元の世界に帰れるかもしれないんだから、やっぱり離れるわけにはいかない。
「残念。フラレたか。でもさ、気が変わったらいつでもどうぞ」
「あはは。ありがと」
そう言ってウィンクした時夜は、けっこう様になっている。
元の世界では、きっとモテるんだろうなぁとか、ついつい考えてしまう。
サガラとは違って、本当に気さくな感じですごく好感が持てる。
「あ! 私、そろそろ戻るね」
気がつけば、少し日が傾きかけている。
いつもならとっくに夕飯の準備にかかっている時間。
いくらザットが先に帰ったとはいえ、きっとサガラは不機嫌に違いない。
慌てて経ちあがった私の手を、時夜は掴み引きとめる。
「……俺、優美に会いに明日もまたココに来るから。毎日会いたいんだ」
「時夜?」
夕闇が迫っている所為なのかな?
さっきまでの明るさが影をひそめて、時夜の声はどこか強張って聞こえる。
縋るように見つめられて、言葉に詰まる。
何だか思考力が低下していく感じがするのはなんでだろ?
思わず、何も考えず肯いてしまいそうになった時、サガラの顔が唐突に過って、慌てて我に返る。
「ま、毎日は無理だと思う。でも、時々なら」
私の返答に、時夜はちょっと意外そうに目を瞬く。
「ほ、ほら、一応、私居候だし。家のこととかやらなきゃだから」
そうだ。だからサガラの顔が過ったんだと思う。
手を抜いて小姑みたいにチクチク言われたら、溜まったものじゃないもん。
「そう……だよな」
まるで捨てられた子犬みたいにシュンとされて、何だかちょっと良心が痛む。
「でも、なるべく会いにくるよ。時夜の歌、また聞きたいし」
慌ててそう付け足す。
「あぁ。俺、待ってるから」
繋いだままの手に力を込めて、屈託のない笑顔で時夜は肯いた。