表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/77

(3)


 新しい同居人、精霊のザットが加わって数日経ったある日の夕方。

 私とザットは市場へと買い物に来ていた。


「ちょっと遅くなっちゃったね」


 市場は誘惑が多い場所だ。

 今日は珍しい大道芸人が来ていて、こんな時間まですっかり魅ってしまっていた。

 人と物でごった返すそこは、私が売りに出されていた因縁の場所でもある。

 最初の頃は、おっかなびっくりだったけれど、今ではすっかり慣れ親しんでいたりする。

 最近知ったことだけど、この世界で黒髪黒い瞳というのはとても珍しいことらしい。

 その所為か時々、奇異の眼差しを向けられたりもするけれど、今ではへっちゃらになっている。


「サガラがおなかを空かせてまっていますね」


 隣をパタパタと飛ぶザットが、真面目な顔でそんなことを言う。


「あはは。そうだね」


 まるで、子供を気にかける母親みたいなザットの言葉に、思わず笑ってしまう。


 平気なのはきっと、この世界で『家族』みたいな『仲間』が出来たからだ。

 サガラやザットやジュリア。

 それに、少しずつ市場でも顔なじみが出来始めている。

 一人じゃないと思えば心強い。


「今日の夕飯は、何にするんですか?」

「ハンバーグにしようと思ってるんだけど」


 ハンバーグはサガラの好きなメニューの一つだ。

 最近仕事が忙しいとかで、サガラは外出していることが多い。

 ジュリアがこっそり教えてくれたんだけど、どうやら私が来たばかりの頃は、仕事を控えてくれていたらしい。

 そんな話を聞いちゃったら、なにもしないわけにはいかないじゃない? 

 今のところ、サガラが喜んでくれる私が出来ることは、料理くらいだもの。

 たまには、あいつの好きなものを作ってもいいかなって思ったんだ。


「それでは、ちょっと失礼しますね」


 ザットが私の額に手をかざす。


「分かりました。えっと、ザイとハサシの肉。それにロアの実です。売っているのは、西通りの……」


 私の世界とこちらの世界では、食材の名前が違ったりする。

 だから、前はいちいち店を端から渡り歩いていたんだよね。

 それが今では、こうしてザットが道案内をしてくれるんだ。

 ザットは額に手を置くと、私のイメージする食材を読み取れるらしい。

 私の世界じゃ考えられないことだけど、すでに“精霊”とお買いものに出かけている時点でありえない事態だもの。

 もうちょっとやそっとのことじゃ驚かないわよ。


「ふふ。馴れって恐いわよね」

「どうかしましたか?」

「ううん。なんでもない。行こう……」


 そう言いかけて、ふと耳に届いた声がひっかかった。

 ううん。それは声じゃなくて歌だ。

 人が多いこの通りのどこからか、聞いいたことのある歌が聞こえる。

 それは私が大好きなバンドのもの。

 私の世界の住人なら、誰でも一度は耳にしたことがあるんじゃないかってほどメジャーな歌。

 でもここは異世界。

 それなら、この歌を歌っているのは……。


「ユーミ?」


 突然固まってしまった私に、ザットが小首をかしげている。


「ザット! ちょっと待ってて」


 説明する時間も惜しくて、私はそう言い捨てると歌が聞こえる方へと走り出す。

 人をかき分けて、切れ切れに聞こえてくるそのメロディを頼りに前に進んでいく。

 ほどなくして開けた広場の一角に、小さな人だかりを見つける。

 歌はその中心から聞こえてくる。


『君に出会うために僕は……』


 聞きなれたフレーズとメロディ。

 ああ。やっぱりだ。

 胸が高鳴る。

 しかも、まるで本人が歌っているかのような完璧なコピー。

 かなりうまいのだ。

 人だかりの一歩後ろで、思わず聞き惚れてしまう。

 最後まで歌いきると、大きな拍手が周りから起こる。

 そうして、人垣が崩れていき、声の主の姿が見える。


 そこには赤い髪の少年がいた。

 年は私と同じくらいかもしれない。

 猫のようなつり上がりがちな大きな目は、どこかひとなつっこさを感じる。

 格好は光沢のあるグレーの詰襟を、胸元を開け放ち着崩している。

 もしかしたら、どこかの学校の制服なのかもしれない。


 自分と同じ世界の人。


 そう考えたら、ものすごくワクワクしてきた。


「はぅ。ユーミ。やっと追い付きました~」

「あ、ザット。ごめんね。いきなり走ったりして」


 パタパタと飛んできたザットは、少しフラフラしている。

 小さなザットには、付いてくるのも大変だったみたいだ。


「大丈夫ですけど、どうかしたんですか?」

「うん。それがね……って! 行っちゃう!!」


 雑踏に消えかかっている赤毛の少年の元へ走り寄ると、思わずヒラリと風に揺らいだ詰襟の裾を掴む。


「は!? なんだ?」


 動きを止められた相手は、ものすごく怪訝な顔をして振り返る。

 と、バッチリと目が合ってしまった。

 私が裾をガッチリと掴んでいるのを見て、驚いたように目を瞬かせ、「何なんだ?」というように、不審そうに私を凝視している。

 そりゃそうだ。

 いきなり服を掴んでひきとめられても、意味分からないって感じだろう。


「SHAD……」


 言いたいことがたくさんありすぎて、ものすごく端折って、私の口からは歌の題名が口を付く。

 ますます意味分からないって顔されているし! うわっ。変な女だって思われてるわよね。これは。


「さっきの歌がどうか……」


 怪訝な顔のまま口を開いた赤い髪の少年は、言いかけて目を見開く。


「さっきの歌の名前。え? うわっ。なに、君。もしかして、日本人だったりするわけ?」

「うん! もしかしてあなたも?」


 聞くまでもなく、この反応はそうなんだろうと思うけれど、私も聞き返してみる。


「おうっ。すっげー! まさか、こんなとこで同じ世界の住人に会えるなんてな」


 赤毛の少年は満面の笑顔を浮かべた。


 これが、時夜との初めての出会いだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ