(2)
「精霊?」
思わず、ザットを指さして同じ言葉を疑問形で呟く。
「はい。半人前ですが精霊です」
照れたように頭をかきながら、ザットもそう答える。
「何だよ。お前の世界には、こういうチビすけはいないのか?」
ポカンッとしている私を見て、サガラは意外そうな顔をした。
「いるわけないじゃん」
そりゃ世の中には、精霊を見たことがある。
なんていう人だっている。
けど、私自身はそんなのまったく信じていなかったし。
「ふーん。お前の世界って変なとこだな」
変……なのか?
私には、羽を付けたこんなちっちゃな男の子が『精霊です』なーんて現れちゃうこの世界の方が変だと思うんだけど。
いやいや。でも、そんなこと言いあったって、何の解決にもならない。
「それで? どうしてザットがこんな埃まみれの籠の中にいたわけ?」
とりあえず細かいこと(?)は気にせずに話を続ける。
「あぅ。えっとですね。僕はまだ半人前なので、少しだけ眠らなくちゃいけなくて、それでここで寝ていたのです」
まるでうっかりうたた寝しちゃった的に言っているけれど、こんな埃まみれの部屋で、よく眠れると思う。
「煩くしちゃ悪ぃし、この部屋には入らねーようにしてたんだけどな。お前が騒いだ所為で起きちまったんだな」
「何それ。サガラ、確かこの部屋“物置”って言ったわよね? もしかして、ザットの存在忘れていたんじゃないの?」
「ばっ。お前、んなことねーよっ。馬鹿いうなよな!」
冗談で言ったつもりだったのに、サガラの声はおもいっきり上ずっていて激しく動揺している。
図星だとバレバレだ。
「うわっ。人でなし」
「サガラ、ひどいです……」
私の軽蔑を込めた眼差しと、ザットの潤んだ瞳を向けられ、サガラはバツが悪そうに顔を顰める。
「ぐーすか、何年も寝てる奴が悪ぃんだろ」
「何年も!?」
開き直ったサガラのその言葉に、思わず私は声を上げる。
確かにこの部屋は、何年も人が入っていないような、そんな埃の積もり具合ではある。
精霊の“少し”は、人間の感覚とは違うものらしい。
「すみません。ですが、もう大丈夫です! だから、その……」
「別に起きてからもココに居てかまわねーよ。ちょうどいい。俺がいない時のこいつのお守、お前がしろ」
言い淀んでいるザットにぞんざいに言い放つ。
「はい! 僕、がんばります」
キラキラとした瞳で、満面の笑顔のザット。
よかった。何だかよく分からないけど、嬉しそうなザットの姿に、私までほのぼのする。
ん? あれ?? でも、“お守”って……。
「サガラ! “お守”ってなによ。どちらかといえば、私の方があんたの世話してるのよ!?」
なのに、まるで厄介者みたいな言い草は心外だ。
「間違ってねーだろ? お前はこの世界に来て日の浅いヒヨっ子だろーが」
意地の悪い笑みを浮かべて、私の顔を覗き込む。
「うっ」
それは確かにそうかもしれない。
まだまだこの世界で分からないことも知らないことも多い。
「“お守”つーか、“子守”とも言えるか。なっ? ヒヨっ子」
それはもう嬉しそうに勝ち誇った顔のサガラ。
むかつくけど、間違いでもないので言い返せず、私は押し黙る。
「ユーミ。これからよろしくお願いします」
「あ、うん。よろしく。ザット」
器用に空中でお辞儀するザットに、私も慌てて頭を下げる。
あぁ。礼儀正しいいい子だな。なんか癒される。
「ふぅ。でも、僕知りませんでした。サガラが、ご結婚されたなんて。なるべく、お邪魔はしないので、安心してくださいね」
ちょっと照れたような顔で、ザットは恐ろしいことを口にする。
「……」
「……」
絶句するサガラと私。
「「違うっ!!」」
そしてものの見事にハモりを聞かせてしまうサガラと私。
その後、小一時間ほどザットの誤解を解くために費やされる羽目になったのだった。