冒険者の日常:止まる宿、止まらないバカ
「宿の時が止まってる?」
チムクは不思議そうに、目の前の宿屋の親父を見た。
「泊まり放題ってことか!!やったぜ!」
「ザッツ。ち、ちょっと静かにしてね。」
相変わらず空気の読めないザッツに、チムクは流れるようになだめた。
「あ、はい。私の宿が夜になると時が止まってしまい、従業員もお客さんも動かなくなってしまうのですよ。朝になると動くのですが、夜の仕事が出来なくて困っておりまして。」
「よし!じゃあ朝に仕事しようぜ!」
ドスッ
チムクは片腕だけ熊の腕に変え、ザッツの頭を押さえつけた。
「す、すみません。この人バカなので気にしないでください」
「とにかく、宿の時を直せばいいんですね」
「お願いします」
——こうして二人は、その夜宿に泊まることになった。
「タダで泊まれるなんてラッキーだな!」
「ち、ちゃんと依頼なんだから遊ばないでね」
「わかった!温泉入ってくる!」
「……絶対わかってないよね」
ザッツは部屋の扉を勢いよく開け、廊下へ踏み出した——その瞬間。
キィン、と耳をつんざく音。
見えない波が、一直線に走る。
ザッツは反射的に体を反らし、そのままチムクの背後へ滑り込んだ。
同時にチムクはコウモリへと姿を変え、鋭い超音波を放つ。
空気が震え、波動が打ち消された。
すぐに人の姿へ戻り、チムクは振り向く。
「大丈夫?」
「俺は無事よ!この通り!」
ザッツはガハハと笑う。
チムクは小さく息を吐いた。
「……魔法はロビーの方からだね。行こう——」
言い終わる前に、ザッツの姿は消えていた。
「えっ、ちょっ——」
数秒後。
「見つけたぜぇええええ!!」
戻ってきたザッツの手には、じたばたと暴れる男。
「はなせよぉお!!」
どう見ても、こそ泥だった。
チムクはぽかんと口を開ける。
「……速すぎない?」
事情を聞くと、こそ泥はすぐに白状した。
確かに魔法は自分が使った。
だが、それは“一瞬だけ時を止める”程度のもの。
こんな長時間、広範囲に及ぶはずがない。
「となりの銀行にも……魔法、かかってるはずだ……。あっちでも同じこと考えた奴がいて……ぶつかって、暴走したんだ……」
「なるほどね……」
チムクは頷いた。
「ザッツ、銀行に行こう。そこで魔法を打ち消せば——」
もういなかった。
「えええ……」
呆然とするチムク。
そして再び、ドタドタと足音。
「倒した!!」
戻ってきたザッツが親指を立てる。
その勢いで、部屋の中にあった花瓶が巻き込まれ——
ガシャァン!!
見事に砕け散った。
「速!!……じゃなくて!」
その瞬間。
止まっていた空気が、ふっと動き出す。
廊下から人の声。足音。ざわめき。
夜の時間が、元に戻った。
少しして、宿の親父が駆け込んできた。
「ありがとう!直してくれたんだね!」
満面の笑みで報酬袋を差し出す——が。
ちらり、と割れた花瓶を見る。
チムクも、つられて視線を向ける。
そして、袋の中身を確認する。
「……減ってる」
「修繕費ね」
親父はにこやかに言った。
「そんなぁ……」
チムクは肩を落とす。
一方ザッツは、まったく気にしていなかった。
「よし!また俺の武勇伝が語り継がれるな!」
「悪行が語り継がれるよ!!」
夜は元に戻った。
平和も戻った。
ただし——財布の中身だけは、ちょっとだけ止まったままだった。




