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悪魔のバット  作者: SDN


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4/7

悪魔の所業

 正式に悪魔の少女と契約した俺は、『悪魔のバット』を手に翌日も普段通りに球場入りした。


 悪魔と契約した、なんて言っても信じる奴はいないだろうが、プロにまで上り詰めてくるような人間の中には妙に勘の鋭いヤツがいたりする。

 とにかく、いつも通りに振舞う、それを心掛けた。

 面白いことに普段自分が無意識にやっている行動を意識してやってみると、ちょっとした気付きがあるものだ。ユニフォームは左から袖を通すのに、ズボンは右足から履く、みたいなつまらないことだが。


「おにいさんならきっと契約してくれるって思ってたよ」


 昨晩、正式に契約したいと申し出た俺に、悪魔の少女は蠱惑的な笑みを浮かべてそう言った。

 悪魔のバットを貸す代償は「おにいさんを観察させてもらうだけ」という回答も変わらなかった。

 もっとも、相手は悪魔だ。本当のことを言っているかどうかはわからない。

 それでも、プロ野球選手で居続けるために、俺は悪魔の力を使うことを選んだ。

 どっちにしろ、もう引き返せない。


 初めて悪魔のバットを使ったときの、あの自分の身体が悪魔のバットに乗っ取られたかのような感覚……。

 自分の打席の映像を何度も見返したが、不審な点は見当たらなかった。間違いなく俺がバットをしっかりと振っている。外のスライダーになんとか食らいついて、ライト前に運んだラッキーなポテンヒット。映像見た人間が百人いれば百人がそう答えるだろう。

 二回目のホームランの映像も同様だ。打った瞬間、何も手応えはなかったが、映像の俺は力強いスイングで甘いストレートを完璧に捉えている。

 この両極端なバッティングに俺の意思は一切介在していない。

 ただ、望んでいた最高の結果になったことだけは確かだ。

 まさしく悪魔の所業だった。




 夕方。仙台スピリッツとの三連戦の最終戦が始まった。

 俺は試合序盤は悪魔のバットは使わず、普通のバットを持って打席に入った。

 結果はなんの見どころもなく凡退。

 だが、それでいい。

 悪魔のバットは一日三回しか使えない。

 いや、俺からすれば一日一回でも十分過ぎる力だ。

 野球の試合において、バッターは一試合に平均四回の打席が回ってくる。そのうちの一回を確実にヒットにできれば、それだけで打率は二割五分だ。そこに四死球や犠打、ラッキーヒットが絡めば、三割近い打率になる。

 それがどれだけ凄いことか、野球を知る人間なら理解できるだろう。現在の投高打低のプロ野球界において、それだけの成績を残せば戦力外になることはまずない。


 そもそも、闇雲に力を使うのはリスクがあり過ぎる。

 現代プロ野球はあらゆるプレイが数値として記録される。毎試合三本のヒットを打てば、打率がとんでもないことになってしまい確実に目をつけられる。

 だから、試合の展開を見ながら本当に必要な時だけ力を使う。

 それが昨晩寝ないで考え出した結論だった。


 試合は順調に推移し、0-0のまま五回に入った。

 二軍の試合ではピッチャーが完投することはまずない。

 五回から仙台スピリッツのマウンドに立ったのは、五十嵐投手。ばりばり一軍のピッチャーだ。怪我明けで、一軍に戻る前の最終調整登板のつもりなのだろう。

 ここでこの人からヒットが打てれば大きなアピールになる。


 俺は悪魔のバットを手に打席に入ると、目を閉じて『能力発動』と念じた。

 目を開くと、世界が灰色になる。

 そこからの俺は何もする必要はない。

 悪魔の力に導かれるまま腕を振る。ただそれだけ。

 初球――悪魔のバットはインコースのストレートを完璧に捉えた。

 鋭い打球がショートとサードの間を綺麗に抜けていった。


「おい、タク。昨日からいい感じじゃないか」


 一塁コーチャーが笑顔で声を掛けてくれる。


「あざっす」


 俺は短く返事をすると、ベンチで盛り上がるチームメートに向かって小さくガッツポーズしてみせた。


 俺は七回にもヒットを打ち、この日は四打数二安打で終えた。試合は負けたが、元々二軍の試合結果なんてどうだっていい。とにかく短期間で結果を出して、一軍に呼ばれる。それが全てだ。


 ……その後も俺は悪魔のバットを効果的に使い続け、八月の月間打率は四割越えと、見事に結果を出した。

 周囲から不審に思われたりといった様子は今のところない。

 好不調の波は一流三流問わず誰にだってあるし、俺が普段から練習の虫なのはみんな知っている。真嶋拓己は絶好調期に入った――俺がそう態度に出したことで、周囲も勝手にそう思ってくれているようだった。




 八月最後の三連戦が終わると、俺はチームのマネージャーに呼び出された。

 マネージャーの明るい顔を見れば、これから彼が何を言うか容易に予想できた。


「タク、明日から一軍だ。暴れてこい」


「うす!」


 ついに待ち望んでいた時がきた。

 このまま一軍でも結果を出し、この世界で生き残る。

 そう、プロ野球選手で居続けるために。


 ロッカールームに戻ると、ちょうど出て行こうとする三枝先輩と鉢合わせになった。


「おう、タク。どこいってたんだ?」


「あ、先輩。実はさっきマネージャーに呼ばれて……」


「おい、ひょっとして」


「うす、明日から一軍っす」


「そうか、やったな!」


 先輩に背中をばんっと叩かれる。


「そろそろだろうなとは思っていたが、ついにきたか。ここのところ打ちまくってたからな。眠っていた才能がようやく覚醒したってか?」


「大げさですよ。単に調子が良いだけです」


「そうは言っても、なにか手応えみたいなのは感じてるんじゃないのか?」


「そうっすね……なんていうか、体とイメージがバチッと噛み合っている感じはしますね」


 俺は咄嗟にそれっぽいことを適当に言った。いくら先輩でも、「悪魔の力のおかげです」なんて言えば、間違いなく俺の頭がおかしくなったと思うだろう。


「わかるわー。長くプロをやってるとそういう時ってあるよな。その感覚をモノにしたくてひたすらバットを振りこむんだが、なかなか狙って再現できないんだよなぁ」


「それができたら苦労しないっす」


「だな。とにかく、ようやく掴んだチャンスだ。しばらくお前の顔は見たくないから、すぐに戻ってくんじゃねーぞ」


 先輩は豪快に笑ってロッカールームを出て行った。

 その屈託のない表情から、心から祝福してくれていることが伝わってくる。

 プロの世界では周りの人間は全てがライバルだ。特に先輩とはポジションが同じだから内心では思うところもあるだろう。

 それでも先輩はそういった感情を表に一切出さない。

 三枝先輩のそういうところは本当に凄いと思う。

 誰よりも早く球場に来て、しっかり準備する。ベンチでも声を出して味方を鼓舞する。一軍にいても、二軍にいても、調子が良くても、悪くても、まったく変わらない。俺たち後輩にもいつも気さくな態度で接してくれる。それは当たり前のことのように思えて、誰にでもできることじゃない。

 ……俺はいつだって自分のことばかり。とても先輩のように他人を気にかける余裕なんて持てそうになかった。




 九月。シーズンも終盤だ。

 我が東京レイヴンズは現在リーグ三位。

 すでに一位の大阪グロウラーズとは十ゲーム以上離されているので、現実的に優勝はない。ただ、二位から四位が団子状態で、クライマックスシリーズ進出に向けて負けられない試合が続いている。


 一軍に呼ばれた俺が求められているのはチームの起爆剤となること。

 ヘッドコーチからは「打てば多少の守備の粗は許す」とまで言われた。

 打撃で結果を残す。

 それ以外に俺の生き残る道はない。


 チャンスはさっそく巡ってきた。

 昇格直後にもかかわらず、監督が終盤のチャンスに俺を代打で起用してくれたのだ。

 それだけ期待されているのか、それともただの自棄か。

 だが、ここで能力を使わない手はなかった。


(能力、発動!)


 そして世界が灰色に染まる。

 見逃せばボールという高めの球にも悪魔のバットは当たり前のように対応し、三塁線を破るタイムリーツーベースヒットになった。

 沸き起こる大歓声がレイヴンズドームの天井を揺らす。

 四万人を超える観衆の興奮と熱い視線が俺に集中しているのがわかる。

 俺はベース上で両腕を高々と突き上げて、観衆の声援に応えた。


 結果を出したことで、翌日から俺は不振を極めた外国人選手の代わりにスタメンで起用されることになった。

 ここまできたら、出し惜しみはしない。

 一日三回の制限をすべて使った。

 結果、スタメンに入った二試合はいずれも猛打賞。その次のカード初戦では決勝のホームランを放ち、三試合連続でお立ち台という異例の事態を引き起こした。


 SNSでは『#真嶋マジか』『#真嶋の初球打ち』がトレンド入りし、翌日のスポーツ紙の一面にも『救世主・真嶋』の文字が躍った。監督は自分の選手起用が大当たりしたことに気をよくして、試合後のインタビューで連日のように俺を讃えてくれた。

 俺の大活躍はテレビのスポーツニュースでも取り上げられ、年配の解説者が「バッティングに粘りが出てきた」とか「初球からいく積極性がバッティングに良い影響を与えている」とか適当な事を言っているのを見て、大いに笑わせてもらった。

 まさかこの活躍が悪魔の力のおかげだと気付ける人間はいないだろう。


 順調に活躍を続ける俺だったが、冷静さを失ってはいなかった。

 アピールに成功したら、通常通り一日一回の運用に戻すことも忘れない。

 適当に凡退と三振を積み重ねながら、ここぞという時にのみ悪魔のバットを使うことで、チームの勝利に貢献した。


 こうして東京レイヴンズは連勝街道を突き進み、見事二位でクライマックスシリーズ進出を果たした。

 その立役者となった俺は、もはや戦力外(クビ)に怯える二軍選手ではなく、一軍の戦力として欠かせぬ存在となっていた。



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