表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔のバット  作者: SDN


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/6

悪魔のバット

 翌日、目覚めた俺はいつも通りに自宅を出て球場に向かった。

 今日も陽射しが強い。

 試合は夕方からだが、日中には練習がある。二軍球場は屋外なので地獄のような暑さになる。「嫌なら一軍へ行け」とコーチから発破をかけられるのが俺たち二軍選手の日常だ。


 ……昨晩の出来事は夢ではなかった。

 あの悪魔を名乗る少女は、俺にバットを渡すと「正式に契約する気になったらいつでも呼んでね」と言い残し、音もなく姿を消した。

 疲れて変な夢でも見たのかと思ったが、目覚めるとベッドの脇には悪魔のバットがしっかりと残されていた。

 ついでに、今俺の手にある小さなメモ紙も少女が残していったものだ。

 見慣れない丸みを帯びたギャル文字で書かれたメモの内容はこうだった。


――――――――――――

【悪魔のバット取り扱い説明書】

 このバットは悪魔の力が宿っています。

 振れば確実にヒットになります。

 ●使い方

  バットを持って打席に立ち「能力発動」と唱える。心の中でも可。

  ただし、以下の制限があります。

  ・能力の発動は一日に三回まで。

  ・効力を発揮するのはバットに当たる範囲にボールがきた時だけ。

  ・契約者以外がこのバットを使っても効果は発動しない。

――――――――――――


 最後に『おにいさんが気に入ってくれると嬉しいな』というコメントがハート付きで書かれてあった。

 ……見るからに胡散臭い。


 俺はあらためて『悪魔のバット』を見た。

 見た目はどう見てもただのバットだ。黒いオーラとかも出ていない。これまでに俺が使っていたメーカーとまったく同じデザインで、ロゴまでしっかりと入っている。質感も手触りもまったく同じ。なんならいい具合に使い込まれてすらいる。

 それでもやっぱり、どう考えても胡散臭い。

 あの現実離れした少女から渡されたという事実と記憶が、このバットが普通のバットではないことを主張してやまない。


 それに、あの少女は「観察することが対価」とか言っていたが、悪魔の言うことなんて鵜呑みにできるはずがない。

 絶対に他に代償があるに決まっている。

 結局、俺は練習中には一度も『悪魔のバット』に触れないまま、夕方からの試合に臨むことになった。




 この日も仙台スピリッツの二軍との試合だ。

 一応、リーグの首位を争う上位チーム同士の試合なのだが、所詮は二軍なので世間の注目度はないに等しい。

 プロは一軍で活躍してナンボ。二軍でいくら活躍しようが年俸には反映されない。ここで頑張るのは、あくまでも一軍行きの切符を掴むためだ。


 幸い、俺は六番レフトのスタメンで出場できた。昨日の三タコと途中交代があったから、てっきり外されるかと思っていたが、どうやらまだ完全に見放されてはいないらしい。

 もっとも、だからといって安心などできない。

 今日結果を出せなければ、明日外されるだけのことだ。

 とにかく今日がラストチャンスだと思って活躍するしかない。


 だが、そんな気持ちが空回りしたのか、試合序盤から散々だった。

 一打席目は三振、二打席目はファーストゴロ。次の回の守備で、焦りからレフト前の打球に無理に突っ込んで後逸。それが失点に繋がってしまう。


(やばい……やばい……)


 変な汗が止まらないのは、暑さのせいだけではないだろう。

 それでも野球の神様はまだ完全に俺を見放してはいなかった。

 三打席目はチャンスで巡ってきた。

 試合は七回裏。0-2と二点のビハインド。

 ツーアウト二、三塁。一打同点のチャンス。ここで打てば、これまでの失態をいくらか挽回できるはずだ。


 ネクストで待機する俺のところに打撃コーチが来てぼそっと言った。


「思いっきりいけ。ここで結果を出すんだ」


 激励の言葉のはずなのに、俺には「打てなきゃお前はクビだ」そう聞こえた。

 むろん、コーチにそんな権限はないし、悪意があったとしてもせいぜい、スタメンを外す、程度のものだろう。

 それでも俺を焦らせるには十分過ぎる一言だった。


 ダメだ、まったく打てる気がしない……。


 ここで打てなければ俺は終わりだ。

 プロ野球選手でいられなくなる。


 俺は小さいころから野球大好き少年だった。

 将来の夢はプロ野球選手。

 地元の少年野球チームから始まり、中学、高校とプロを目指して野球を続けた。だが、たいした実績は残せなかった。甲子園にも一度も出ていない。

 転機は大学に入ってから訪れた。そこで急激に身体が大きくなって成績が伸び、三年に入ってから不動のレギュラーになると、大学リーグで打点王に輝いた。スカウトからも注目されるようになり、ドラフト会議で名を呼ばれ、憧れのプロ野球選手になれた。

 子供の頃の夢を叶えたのだ。

 だが、そこからは茨の道だった。プロの世界は本物のバケモノだらけで、すぐに自分程度の実力では通用しないと思い知らされた。


「消えるのは才能がない奴じゃない。危機意識のない奴だ」


 入団してすぐにコーチから言われた言葉だ。

 プロに選ばれた時点で才能はある。そこから先はどれだけ危機意識を持って己を追い込むことができるか。それが差となって現れる――そういうことだろう。


 だから俺は毎日、野球野球野球――野球のことばかり考え、野球しかやってこなかった。

 その俺から野球を取ったら何が残る?

 野球をやっていない自分の姿が、まったく想像できない。


 ――結果がほしい。


 ふと、脳裏に悪魔の少女の顔が思い浮かんだ。


『これはね、ただのバットじゃないよ。悪魔の力を宿したバット。具体的に言うと、『振ればどんなボールでも絶対にヒットにできる悪魔のバット』ってところかな』


 悪魔のバット……。

 もはや藁にもすがる思いだった。

 俺は急いでベンチに戻り、魅入られたように悪魔のバットを手に取った。

 もう使うしかない。

 ばかばかしいと思いながらも球場に持ってきていた。それが全てだ。


 俺は打席に入ると、バットのグリップを強く握りしめる。

 そして目を閉じ、心の中で


(能力発動)


 と唱えた。


 目を開ける。ちょうどピッチャーが投球モーションに入った。

 俺は初球から迷わず打ちにいった。

 次の瞬間、全身の力が抜け、世界が灰色になった。


 ――不思議な感覚だった。

 バットが俺の意思とは無関係に勝手に動く。

 その軌道は、まるで吸い寄せられるようにボールを捉えていた。

 打った瞬間の手応えは、なにもなかった。

 体勢は完全に泳がされていた。

 打球がふらふらっとファースト方向に上がる。

 ただのポップフライ……。

 だが、ボールは上手い具合に一塁手と右翼手の中間にぽとりと落ちた。

 その間に二人のランナーが一気に生還し、同点となった。

 一塁上で呆然とする俺に、一塁コーチャーが「やったな!」と拳を突き出してきた。

 それでようやく俺は状況を把握し「うす」とグータッチを返した。


 当たりそこないだったが、起死回生の同点タイムリー。

 ほとんどの人がラッキーヒットだと思っただろう。

 打った俺ですらそう思った。

 はたしてこの結果は、本当に悪魔のバットの力によるものなのか……。


 それを確かめるべく、九回に回ってきた最終打席も悪魔のバットを使った。

 今度も初球からいった。

 甘めの真っ直ぐ。

 先ほどと同じ感覚が再現される。手応えはまるでない。

 だが、バットは快音を響かせ、レフトスタンドの中段に白球が吸い込まれた。

 サヨナラホームラン。


「マジか……」


 俺は現実感がないまま、ダイヤモンドを一周した。

 ホームベースでチームメイトから手荒い歓迎を受ける。

 頭や背中を叩かれながら、俺は地面に転がっているバットから目が離せなかった。

 間違いない。

 このバットには本当に悪魔の力が宿っている!


 ……その日の夜。俺は悪魔の少女を呼び出し、正式に契約を結んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ