第八章 魔界、ホワイト化する
魔界の異変は、血でも炎でもなく――
勤務表から始まった。
「本日の業務、終了」
鐘が鳴る。
かつてなら、ここからが本番だった。残業。突発対応。責め苦の延長。
だが今は違う。
「じゃあ、帰るか」
「子どもの迎えがある」
魔物たちは角を整え、マントを畳み、当たり前の顔で城を出ていく。
業務がスムーズに進む。差し戻しがない。言い訳対応が要らない。
結果――定時帰宅。
家庭生活は、静かに改善した。
「最近、お父さん機嫌いいね」
「仕事が片付いてるからな」
食卓に怒号はなく、鍋は焦げず、角に洗剤が詰まる事故も減った。
余裕が生まれると、魔物は――優しくなる。
裁定の場。
「反省点は把握しているな?」
「はい」
「では、工程通り進めよう」
声を荒げる必要がない。八つ当たりも、見せしめも、効率を下げるだけだと理解された。
「昔はな……」
古参の魔物がぼやく。
「忙しすぎて苛ついてから怒ってただけなんだ」
責め苦は制度であって、感情の捌け口ではない。
その線引きが、ようやく守られ始めた。
「魔界が一番、住みやすくなってません?」
若手悪魔の一言に、誰も反論できなかった。
魔神は、その様子を遠くから眺めていた。
「皮肉なものだな」
悪が集う場所が、最も健全に回っている。
「世界は、偶然よりも、余裕を失うと壊れるのかもしれん」
魔界の夜は、以前より少しだけ、静かだった。




