第三章 地上、サイコロが止まる
地上では、誰よりも早く異変に気づいたのは学者でも預言者でもなかった。
町工場の工員と、受験生と、交差点の警察官である。
「……今日は、全部うまくいくな」
朝一番、町工場の旋盤が一発で芯を出した。材料は歪まず、刃も欠けない。二回目も、三回目も同じだ。
「奇跡だ!」
「いや、昨日ちゃんと調整しただけだ」
受験会場では、消しゴムが床に落ちない。鉛筆の芯が折れない。問題文に誤植がない。勉強した範囲が、そのまま出る。
「運がいい!」
「いや、勉強した通りだ」
交差点では、右折車と歩行者と自転車が、なぜか噛み合う。クラクションは鳴らず、誰も舌打ちしない。
「今日は事故が少ないな」
「信号機を整備した結果です」
世界から、ひとつの要素が消えていた。
それは通称――『神のサイコロ』。
「まあ、これくらいでいいだろ」
「ここは運で決めるか」
「努力が報われすぎると、人生つまらんしな」
そうやって振られてきた、目に見えない六面体。
しかし今、それは転がらない。
やった分だけ、返ってくる。怠けた分だけ、遅れる。手順を守れば、結果は出る。
「……世界、説明がつくぞ」
統計学者が震える声でつぶやいた。
株価は乱高下せず、理由のある上下を繰り返す。天気予報の的中率は九割を超え、外れた一割には必ず理由がある。宝くじは売れなくなり、代わりに資格試験の参考書が売れ始めた。
一方で――困る者も出てきた。
「なんで俺だけ成功しないんだ!」
「ちゃんとやりましたか?」
「……やってないです」
言い訳が通らない。
「運が悪かった」は、もはや通貨として使えない。
SNSでは、
『最近、努力が裏切られない』
『ちゃんとやると、ちゃんと疲れる』
『真面目が得する世界、こわい』
といった戸惑いの声が溢れた。
その頃、魔界の城。
「地上、随分と整ってきたな」
「だろう?」
神様は新聞――ではなく、世界の因果関係そのものをめくりながら言った。
「サイコロを振らないだけで、こうも変わる」「戻すつもりは?」
「まだだ」
神様は、少しだけ笑った。
「偶然がないと困るのは、本当に誰だ? その答えを見てからにする」
その瞬間も、どこかの誰かが、『運が悪かった』と言えずに、静かに反省していた。




