第十五章 なぜ、偶然を置いたのか
沈黙を破ったのは、天界でも最古参に近い大天使だった。
背にある翼は、誇示のためではなく、長い業務の重みを背負った形をしている。
「お聞きしたい」
声は静かだが、逃げ場はない。
「サイコロを止めただけで、この有様です」
会議室を見渡す。
天界の滞留。地上の過密。魔界の再設計。
「何故、あのようなものを始めたのですか」
神様は、すぐには答えなかった。
「再開するにしろ」
大天使は続ける。
「止めたままにするにしろ、 理由がなければなりません」
正論だった。
神様は、指先でテーブルを軽く叩く。
「最初はな」
ようやく口を開く。
「私が、全部決めていた」
一同が息を呑む。
「誰が早く死ぬか」「誰が救われるか」「どこで偶然が起きるか」
「全部だ」
魔神が、低く唸る。
「キリがないな」
「そうだ」
神様は否定しない。
「正しくやろうとすればするほど、私は壊れていった」
静かな告白だった。
「善人を救えなかった理由は全部覚えている」
「悪人を裁いた言葉も一つ残らず」
神様は、目を伏せる。
「だから―― 偶然というシステムを作った」
「責任放棄ではない」
先回りするように言う。
「責任を、私一人が背負わないための装置だ」
大天使が問い返す。
「では今は?」
神様は、少しだけ笑った。
「世界が、私抜きで考え始めている」
魔神が頷く。
「悪くない」
「だが」
神様は続ける。
「偶然は、考えない」
「問いには答えてくれない」
「忖度もない」
「今、必要なのは――」
言葉を探し、はっきりと告げる。
「判断を、分担することだ」
天界も。魔界も。地上も。
それぞれが、自分の問いを引き受ける。
サイコロを振るか。置いたままにするか。
その選択すら、誰か一人に任せないために。
会議室には、答えよりも重い宿題が残された。




