第十四章 終わらせることは、罪か
地上では、ほんの一部、ほんの少数ではあるが、長すぎる老後に、希望を失い始める者が現れていた。
体は動く。命に別状もない。
だがその中には、するべきこと、やりたいことをやりきったと満足し、静かに眠りを欲する者もいた。
「もう、十分だ」
「あとは彼らに任せよう」
そう思ってしまう夜が、確かにあった。
しかし――
自分で自分を終わらせることは、罪だ。
それは、誰もが知っているルールだった。
正しく、誠実に生きてきた。誰かを踏みつけたこともない。
それでも、満足して、あるいは疲れて自分を眠りにつかせるという選択をすれば、待っているのは――魔界。
「救われなさすぎる……」
誰かの呟きが、記録にも残らず、それでも確かに、世界に落ちた。
この歪みを、偶然では片づけられなかった。
そしてついに――
天界と魔界の間で、レギュレーションに関する正式な話し合いが行われることとなった。
場所は、黄昏の境界会議室。
天でも地でも魔でもない、中立という名の、最も空気が重い場所。
「前提を確認したい」
天界の代表が口を開く。
「命を絶つ行為は、原則として罪である」
「異論はない」
魔界側が頷く。
「だが――」
そこで言葉を継いだのは、責め苦場の閉鎖を主導した魔物だった。
「終わらせたい、という意思そのものは、必ずしも悪意ではない」
ざわめき。
天界の古株が眉をひそめる。
「それを認めれば、生の価値が軽くなる」
「では聞こう」
魔界側の代表が、静かに言葉を差し挟む。
「するべきことをやりきった、というのは 転生目的を果たしたということではないのか?」
「認めなければ」
魔物は静かに返す。
「次へ進ませてもらえない生は、罰になる」
沈黙が落ちた。
誰も、すぐには否定できなかった。
神様は、まだ席に着いていない。
――そのはずだった。
扉も、光も、予兆もなく。
「遅れてすまない」
声だけが、先に落ちた。
次の瞬間、会議室の空気が、静かに張り替えられる。
神様が、そこにいた。
そして半歩遅れて、
「場所は、ここで合っているな」
魔神も現れる。
ざわめきは起きない。
誰もが立ち上がるより先に、言葉を失った。
天界の者たちは息を呑み、魔界の者たちは背筋を正す。
神様は、議長席ではなく、テーブルの端に腰を下ろした。
「今日は、決めに来たわけじゃない」
そう前置きしてから、
「聞きに来た」
と、はっきり言う。
魔神が腕を組む。
「珍しいな」
「逃げていたわけじゃない」
神様は苦笑する。
「だが、決める前に、世界が考え始めてしまった」
魔神は、ゆっくり頷いた。
「それで十分だ」
視線が交わる。
天と魔。
対立の象徴だった二人が、今は同じ方向――
テーブルの上の問いを見ていた。
「生の価値が軽くなる、か」
神様が、先ほどの議論をなぞる。
「では聞こう」
魔神が、先を促すように言う。
神様は、しばらく沈黙してから、
こう続けた。
「生の価値とは、長さなのか。果たされたかどうかなのか」
誰も答えない。
だが、この会議が、これまでと同じでは終わらないことだけは、全員が理解した。
世界は今、善悪では割り切れない問いを、正式な議題として、テーブルの上に置いた。




