第十章 天界、魔物が働く
派遣されてきたのは、見かけがそれほど威圧的でない魔物だった。
角は短め。牙は収納可能。炎は呼吸に影響しない程度。
「選考基準、そこですか」
魔界側の担当が小声で言ったが、天界側は聞こえないふりをした。
派遣条件は明快だった。
・期間限定
・職務限定
・特別手当は天界持ち
「……手当、結構いいな」
魔物たちは目を見合わせる。
配属先は、受付、書類説明、導線案内。
最前線だが、決裁権はない。
「書類はこちらです」
「記入例はこの雲色の紙をご覧ください」
「次は右手の回廊へ」
――キビキビと、正確に。
待ち時間は目に見えて短くなった。
「今まで何時間も立っていました」
「助かります」
善男善女たちは、戸惑いながらも頭を下げる。
「……ありがとう」
その一言を聞いた瞬間、魔物の一人が目を赤くした。
「どうした?」
「いや……言われたこと、なくて」
責める言葉。恨み。呪い。
それらには慣れている。
だが――感謝には、耐性がなかった。
休憩時間。
「天界、案外……」
「悪くないな」
コーヒー(天界仕様・苦味控えめ)を飲みながら、魔物たちは静かに笑った。
天界側にも変化が出始める。
「列が、流れている……」
「書類の不備が減った」
会議の回数が、わずかに減った。
ほんの少しずつだが、確実に。
天界は、回り始めていた。
門の外の列は、まだ長い。
だが、止まってはいない。
その光景を、どこか遠くから見ている者がいた。
「……なるほど」
神様は、魔界の城のバルコニーで呟く。
「世界は、役割を分ければ回るのか」
小さな改善は、やがて大きな問いへと繋がっていく。




