第九章 天界、禁断の提案
天界・第一会議殿。
空気が、張りつめていた。
「……もう限界だ」
誰かが、ついに言った。
「人員を増やさなければ対応できない」
「人員なんて、どこから連れてくるんだ」
沈黙。
「……魔界だ」
一拍遅れて、
「「「「なんだって」」」」
雲がざわめき、翼がばさつく。
「正気か?」「前例がない!」
提案した天使は、机に手をついて言い切った。
「今、魔界は罪人の減少と業務効率化で余裕がある」
「業務効率化が進んでノウハウもある」
「人員を“借りる”。それだけだ」
「天界に魔物を入れるだと?」
「門の清浄規定はどうする!」
「規定は改訂すればいい」
その一言に、会議殿が凍る。
「……規定を、改訂?」
「前例がない、の結果が今の惨状だ」
天使は、門の外を指差した。
「外で待たされている善人たちの不満は、もう限界だ」
誰も否定できない。
受付停止。説明不足。決裁滞留。
天界は、正しさの在庫過多に陥っていた。
「魔界の者に何をさせる?」
「受付、振り分け、事前審査」
「最終決裁には触れさせない」
「信用できるのか?」
「彼らは今、期限を守り、手順を守り、説明を行い、八つ当たりをしない」
皮肉が、静かに刺さる。
「……天界より、向いているのでは?」
誰かが小さく呟いた。
議長の大天使が、深く息を吸った。
「魔界と交渉する」
ざわり。
「条件は?」
「期間限定、業務限定、監督付き」
そして、
「神様の不在中に限る」
その言葉が、この会議のすべてを物語っていた。
こうして天界は、
禁断の一歩を踏み出すことを決めた。
門の外では、善男善女の列が、まだ静かに続いている。
その静けさこそが、最も危険だと気づかぬまま。




