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溶け合うマーブル

作者: 清水ハル



マンションの一室。

白塗りのこじんまりとしたアトリエには、

油絵の具の匂いが充満している。

私と涼はテーブルに隣り合って座り、

スタッフさんの指導のもと、アート体験に向き合っている。



「どの色にする?」

「んー、水色と黄色と白かな」

「空と海のイメージ?」

「そうそう」



目の前に並べられた幾多の絵の具の中から、

直感で好きな色を選んでいく。頭の中で完成図を

思い浮かべながら―どんなふうに仕上がるかわからない

模様に思いを馳せながら、メインの色、サブの色を

選び取っていく。



「いい色じゃん」

「ふふ、でしょ」



私たちが体験しているフルイドアートは、

絵の具を溶かし、キャンバスの上に流してできる

模様を楽しむものだ。

どんな模様が浮かび上がるかわからない分、

絵の具の色選びにその人らしさが出るらしい。



「お姉さん、素敵な色使いですね」



スタッフの人も、にっこりと笑みを浮かべながら

褒めてくれる。

私は照れ笑いしながら、涼の方に向き直る。

そのごつごつとした手元には、

赤と黒と金色の絵の具が並んでいる。



「涼、センス独特だね笑」

「うん。燃え盛る金閣寺をイメージしてるからね」

「どんなテーマなの笑」

「最近本で読んだんだよ」



涼は直感で生きているようで、意外と思慮深い。

最近は読書にハマって、有名な作品を次々と

読み進めているらしい。

そんな彼の新たな側面を知るたびに、

どんどんと好きが深まっていく。



「ママ、見て!」

「わぁ、上手にできたねぇ」



周囲のテーブルでは、親子連れたちが完成した作品に

嬉しそうな声をあげるのが聞こえる。

私と涼は、その微笑ましい様子に、

顔を合わせて微笑みあった。




「―じゃあ、ゆっくりと傾けてくださいね」



スタッフさんは微笑みながら、カップに入った、

3色の色をマーブル状に混ぜた液を手渡す。



「…よし」



私は小さく息を吸い、絵の具を丸い手のひら大の

キャンパスに垂らす。

マーブル模様に溶け合う3色絵の具が、

キャンバスの上で不規則な模様を描く。

私は、青を主体に白と黄色が混じり合うような

―昼下がりの空の模様を思い浮かべながら、

ゆっくりとキャンバスを傾けていく。



「お、うまいじゃん」

「あ、思ったより黄色が速く流れてる…

もう少し青が欲しいんだけど」



私は少し慌てながらキャンバスの角度を微調整する。

絵の具がそれぞれの速さでゆっくりと広がり、

真っ白だったキャンバスを染めていく。

―それはまるで細かい砂の上を流れる水のようで、

流れが読めそうで読めない。



「…思ったより黄色が多くなっちゃった」

「いいじゃん、金色の夕日に照らされた空みたいで」



軽く落胆する私に、涼がにっこりと

歯を見せながら笑いかける。

…そうだ。理想通りに行かなくてもいい。

むしろ予想通りにいかないからこそ、アートは面白いのだ。



ね?と笑う涼の手元には、

なかなかカオスな色合いの『金閣寺』が、

光と炎を携えながら佇んでいる。

私はクスッと笑いながら、涼とともに作品の完成を喜びあう。



そうやって、何事にも前向きな見方を

提示してくれるところも大好きだ。



「ママー、あのお兄ちゃんの作品おもしろーい」

「こら、指ささないの」

「だって変なんだもん」



ふと声がした方に目を向けると、さっきの子どもが、

親に軽く手をはたかれながらも、

にこにこと涼の方を指さしている。

その無邪気な様子に、私たちは思わず、

顔を見合わせて笑い合う。



「…次はもう1人、仲間が増えててもいいかもね」



涼が冗談混じりに、でもどこか真剣な眼差しで言う。

私は、そうだねと笑顔で返しながらも、

胸の奥がとくんと高鳴るのを感じた。



涼の手が、そっと私の指先に触れる。

ただそれだけなのに、心の奥にじんわりと

あたたかな色が広がっていく。



私たちの関係性も、このフルイドアートのように、

時とともに変化していくものなのかもしれない。

だけど、こうやって混じり合う絵の具のように

変わっていく関係性を、これからも楽しんでいきたい。



そう思いながら、完成した作品を見つめ、

2人の未来に思いを馳せる。

隣に並んだ、不器用で対照的な―

だけど、唯一無二の2つのキャンパス。

そんな私たちの作品を眺めていると、

自然と柔らかな笑みが溢れるのだった。











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