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異世界で精霊使いになったけど、俺の使えるスキルは地図だけでした  作者: 長野文三郎


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第38話 怒り爆発


 夏が過ぎて、秋になった。

 日中の暑さも和らぎ俺は心からホッとしている。

 ロウンドナの夏も日本に負けず劣らず暑かったのだが、この地にはエアコンなどという便利なものはなかったからだ。

 吹き抜ける風に秋の風情を感じるなぁ……。

 俺とレミィはリビングの窓を開け放って、季節の移ろいに心を漂わせていた。


「火の精霊たちがおとなしくなってきた。あいつら、夏の間に張り切りすぎたんだよ」


 レミィは顔をしかめているけど、だからと言って火の精霊を咎めるわけにはいかない。

 それが精霊たちのありようなのだ。

 俺としては、いつも元気な火の精霊たちが、どんな顔をしてやすんでいるのかが気になるな。

 その姿を見てみたいものだ。

 活動のピークを越えた火の精霊たちは、少しまったりしているのだろうか?

 このままおとなしくなってくれれば、こちらとしてはありがたい。

 秋から冬になると火の精霊たちは休眠期に入る。

 そして、春の終わりごろにまた活気づくのだ。


「ところでショウタ、バスカーのおっちゃんはなんだって?」


 きょう、俺のもとにバスカーさんから手紙が届いた。

 レミィはそのことを言っているのだろう。

 バスカーさんはミラージュの金鉱で監督の任に当たっていて、不在の日々が続いているのだ。


「鉱山の開発は順調だって。ただ、噂が出回りだして、砂金を狙ってくる輩を追っ払うのが大変らしいよ」


 監督なんて自分の柄じゃないと、バスカーさんはぼやいていた。

 本格的な採掘はまだだけど、労働者を雇って砂金の採取は始まっているのだ。

 ブラックラ家としては信用のおける人物を送り込むしかなく、バスカーさんに白羽の矢が立ったわけだ。


「次にミラージュへ行くときは、なにか美味しいお土産でも持っていかないとな」


 きっと頭を掻きながら、だるそうに監督をしているのだろう。

 俺はひばりの声に耳を傾けながら、バスカーさんへのお土産を考えるのだった。



 夕飯はいつもどおり、母屋の食堂でいただいた。

 もちろん、姫さまやブラックラ公爵も一緒だ。

 本日のメインデッシュはピロッソの炙り焼きである。

 ピロッソとは鳥型の魔物で、カラスを一回り大きくした風体をしている。

 高速で飛び回り、長いくちばしでの突撃が得意らしい。

 味はキジバトに似ているそうなのだが、残念ながら俺はキジバトを食べたことがない。

 比べることはできないが、肉としては極上だった。


「これ、すごく美味しいです」


 俺の反応に気をよくして、姫さまが笑顔になった。


「わらわたちは味の好みが一緒だな。ピロッソはわらわの好物でもあるのだぞ」

「あっさりしているけど、滋味があるというか、深い味わいですよね」

「うむ。気に入ったのならたくさん食べてくれ。お代わりを持ってこさせようか?」

「いえいえ、これだけあればじゅうぶんですよ」


 持ってこられれば食べられるだろうけど、無理はしたくない。

 一時期に比べれば、ブラックラ家の経済事情はかなり改善されたらしい、よぶんな出費はさせたくないんだよね。

 いまはパンのお代わりをもらうにとどめておこう。


 こんな感じで食事は和やかに進んでいったのだけど、不意にブラックラ公爵がポンと手を打った。


「大事なことを忘れていたぞ。再来月はパレスの誕生日ではないか!」


 ブラックラ公爵はニコニコしながら言葉を継いだ。


「パレスもついに二十歳か。今年の誕生日パーティーは特に盛大にせねばなるまい」


 公爵は姫さまのためを思って言っているのだろうが、当の姫さまはいい顔をしなかった。


「盛大なパーティーなど必要ありません」

「そうはいかん。貴族としての体面というものがあるのだよ。公爵家の娘が誕生日を迎えるのだ。相応のことをしなければ」


 姫さまは小さなため息をついた。


「我が家の経済事情をお考えください。いったいどこから費用を捻出するというのですか?」

「そんなもの、商人から借りればよいではないか」

「お父さま……」


 姫さまの顔がこわばっている。


「新しいドレスも作らなければならないな。早くしないとパーティーに間に合わなくなってしまうぞ」

「必要ありません。去年と同じものを着れば事は足ります」

「ばかな! お前の誕生日なのだぞ。着飾らなくてどうするというのだ? さっそく明日にでも仕立て屋を呼ぶとしよう」

「いい加減にしてくださいっ!」


 姫さまの叫び声が広い食堂に響き渡った。

 姫さまは怒りに身を震わせながら、ピロッソの載った皿を睨んでいる。

 ついに姫さまの怒りが爆発してしまったか……。


「パレスや、どうしたというんだね……?」


 わけがわからない、といった様子でオロオロする公爵を、姫さまはキッと見据えた。


「新しいドレスなど欲しくありません」

「しかし、二十歳の誕生日なのだよ」

「そのためにまた借金をするのですか? そして借金を帳消しにするため、好きでもない男のところへ嫁げとでもおっしゃられますか?」

「そ、それは……」


 姫さまは手にしていたナイフとフォークをそっと置いた。


「もう二度と、あのような思いはしたくありません。そんなことになるくらいなら、私は修道院にでも入ります」

「パレス……」

「失礼します」


 好物のピロッソを残したまま、姫さまは出ていってしまった。


「私はただ、パレスに喜んでもらおうと思って……」


 誰にともなく公爵がつぶやいている。

 それはわかっている。

 あのときだって、ブラックラ公爵は自分の娘を売る気なんてなかったのだ。

 公爵は領地を売って借金を返そうとしていたのだから。

 それでも、現状を認識せず、のらりくらりと破滅への道を進む公爵の姿に姫さまは我慢ができなかったのだろう。


「カミヤ、私はどうすればいいと思う?」


 途方に暮れながらも、ブラックラ公爵はいつになく真剣な目をしていた。


「よくお話合いになるのがよいでしょう。少し時間をおいて、お互いが冷静になってからです」

「うむ、そうだな……。それしかあるまい……」


 ブラックラ公爵の言う『貴族の体面』というのも、なんとなくは理解できる。

 余計な出費は抑えたいという姫さまの気持ちもだ。

 これはもう、二人して話し合い、落としどころを探るしかないだろう。

 ところで、新しいドレスを作るとなると、費用はどれくらいかかるのかな?

 廊下にバルヴェニーさんがいたので聞いてみた。


「一般的なイブニングドレスは50万レーメンくらいですね。ただ、公爵家の姫が着るものですと、最低でも300万レーメンくらいはすると思います。ドレスに合わせた宝飾品もつければ価格はさらに上がります」

「300万以上か……」


 俺のポケットマネーではとても足りそうにない。

 街に落ちているコインをすべて拾い集めても、その額には届かないだろう。

 さて、どうしたものか……。

 考えを巡らせながら俺は離れへ戻った。


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