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第33話 奴が仕掛けてきた


 平穏な日々が続いていた。

 約束の金をロスジアから受け取り、鉱山は開発されつつある。

 当然、オップマン家への借金も返した。

 突然の返済にオップマン親子は相当驚いていたようだ。

 自分の血筋に王族が入ることを夢見ていたオップマン侯爵は相当悔しがったことだろう。

 変態息子の方はそれに輪をかけていて、その場で泣き喚いて駄々をこねたらしい。

 俺は返済の現場にいなかったけど、以上のことはバスカーさんから聞いた。


「オップマン子爵の泣きっ面といったら、カミヤの旦那にも見せたかったくらいでしたよ」


 すべての借金がなくなったわけじゃないけど、金山が営業を開始すれば遠からずそれも解決するだろう。

 これで晴れて姫さまは自由の身になったわけだ。

 姫さまの表情にもそれは表れていて、以前のような張りつめた感じがなくなった。

 その代わりと言ってはなんだが、最近の姫さまはぼんやりしていることが多くなった。

 たまにニヤニヤしていることもある。

 そのたびに周囲は首をかしげているけど、俺だけはそのわけを知っていた。

 かく言う俺も似たようなものだから。

 あの日の抱擁以来、俺たち二人は特段のことはしていない。

 キスなんてもってのほかだし、手をつなぐことだってないのだ。

 せいぜい並んで庭園を散歩するくらいのものである。

 いつだってドロナックさんが目を光らせているからね。

 だけど、あの記憶は二人の脳裏に熱く刻まれている。

 未来がどうなるかはわからないけど、俺はいまここにいるだけで幸せだった。



 この世界に来て俺の中である変化が起こった。

 暗闇が怖くなくなったのだ。

 日本にいる頃は明かりのない夜は苦手だったのだが、そういったことはいっさい感じなくなった。

 そこに闇の精霊たちがいると思えば、むしろ居心地のよさを覚えるくらいである。

 もっとも、怨霊だの幽霊だのは相変わらず苦手だけどね。

 この世界にはゾンビなどのアンデッドもいるとのことだし……。

 ただ、闇自体を怖がることはなくなっていた。


 そんな俺だったのだが、その夜はやけに暗闇が重苦しく感じていた。

 寝苦しくて何度も寝返りを打ち、ようやく寝つけたのは真夜中になってからだったと思う。

 ところが、やっと眠りについた俺はレミィの声で起こされてしまった。


「あっちにいけ! いけってばっ!」


 月明かりをあびて、レミィが空中で拳を振り上げているのが見えた。

 ずいぶんと腹を立てているみたいで、虚空に向かって叫んでいる。


「レミィ、寝ぼけているのか?」

「違うわい。僕は闇の精霊たちを追っ払っているんだ」


 なんでそんなことをしているのだろう?


「シッシッ! ほら、いっちまえ!」


 闇の精霊が去ったのだろうか?

 部屋の中がいくぶん明るくなった気がした。


「おい、そんなことをしたら闇の精霊がかわいそうだろう」

「なに言ってんだよ。僕はショウタのために頑張ったんだぞ」


 俺のためだというのなら、むしろ静かにしていてほしかったのだが……。

 安眠を妨害する妖精の方が闇の精霊よりもたちが悪い。

 怪訝そうにしている俺をレミィはさらに責め立てた。


「あいつら、ショウタに悪夢を見せようとしていたんだぞ!」

「悪夢? なんで精霊たちが……。俺、闇の精霊たちに恨まれるようなことをしたっけ?」

「そうじゃないと思う。あいつらも嫌々やっている感じだったから」

「つまり、誰かにやらされていた?」


 真っ先に思い当たったのは陰気なあの男の顔だった。


「もしかして、ガルガルディ・マトックか?」

「それ、誰だっけ?」

「闇の精霊使いだよ! オップマン侯爵お抱えの」

「あいつか! うん、きっとそうに違いない」


 でも、なんでやつが俺を攻撃してくるんだろう?


「たぶん、ショウタのことを探りにきたんじゃないかな。人は悪夢を見るといろんな感情を放出するだろう? それをきっかけにして、相手の情報を読み取る精霊魔法があるんだ」

「陰湿だなあ……」


 夢を見させるというのなら楽しいものにしてほしいものだ。

 姫さまとデートしているとかさ。

 多くは望まない、二人っきりで街を散策するだけだっていいのだ。

 まあ、ちょっと手を繋ぐくらいならいいだろう。

 なんて言ったって夢の中だからね。

 と、そこまで考えて俺は気持ちを引き締めた。

 たるんだ妄想に耽っている場合ではなかったな。


「借金を返済されて、嬢ちゃんとの婚約がダメになったから、奴らはその原因を調べてるんだよ」

「つまり、俺たちがどうやって金を工面したかとか、誰がどう動いたとかをか?」


 それはまずい。

 盗掘防止の態勢も整っていないうちに、金鉱脈の情報が外部に出るのは避けるべきだ。

 それに俺の能力を知られるのも嫌な気がする。

 まして、姫さまの気持ちを相手方に知られたら……。


「まずい! 姫さまたちのところにも闇の精霊たちがいっているかも」


 俺はレミィのおかげで助かったけど、姫さまやドロナックさんから情報が洩れてしまうことだって考え得る。

 だけど、レミィは落ち着いたものだった。


「ああ、あっちは大丈夫だ。建物にちゃ~んと結界が施されているよ。悪意のある魔法は遮断されるはずだから、マトックの命令を帯びた精霊たちも入れないはずさ」


 さすがは王族の住まいということか。

 家具調度は失っても、そういう屋台骨はしっかりしているんだな。


「マトックはまた仕掛けてくるかな?」

「どうだろう。いちおう僕が追い払ったけど、精霊たちはショウタに攻撃を仕掛けるのを嫌がっていたんだ。たぶん、ショウタから情報が抜き取られることはないと思うぞ」

「そっか……」

「まあ、命令に抵抗するわけだから、あいつらも苦しそうだったけどな」


 意に染まない命令は、精霊たちに負担をかけるのか。

 闇の精霊たちは傷ついているかもしれない。

 明日になったら魔結晶を買いに行って魔力贈りをするとしよう。

 闇の精霊の活性化はマトックを利する行為かもしれない。

 それでもやはり、傷ついた精霊を放っておくことはできない。

 俺だって精霊使いなのだから。

 マトックに使役された闇の精霊が去ったせいか、寝苦しさはなくなり、俺は朝までぐっすりと眠ることができた。



 翌日、俺はレミィと一緒に魔結晶の販売店を訪ねた。

 さすがに金晶は買えなかったけど、手ごろな銀晶を手に入れることができた。


「魔力贈りをするなら、さっさとやってくれよ。僕もお相伴にあずかるからさ」

「だーめ、これは闇の精霊が活発になる夜に使うつもりなんだから」


 弱った精霊が力を取り戻せれば、それに越したことはない。

 心安らかに買い物を終えたのだが、店を出たところで俺は再び緊張に包まれた。

 通りの真ん中に奴が立っていたのだ。

 白昼であるにもかかわらず、その男は闇をまとっていた。


「ガルガルディ・マトック……」


 自分のつぶやきに幾分かの怒気が含まれているのを俺は感じていた。


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