第22話 ブラックラ公爵
案内された家は広い庭園の隅にあった。
黄色い石を使ったお洒落な二階建てで。バルコニーもついている。
姫さまは小さな家と言っていたけど、日本の平均的な一軒家よりも広いんじゃないか?
「こんな大きな家を一人で使っていいのでしょうか?」
「ショウタだけじゃないぞ、僕もいるんだからな!」
「あー、はいはい」
鉄の輪がついた鍵を姫さまが手渡してくれた。
「必要そうな家具はすべて用意しておいた。部屋はあるから、ここにレミィと住めばいい。ずっといてくれていいからな」
分厚い木の扉を開くと、そこは小さなホールになっていて、目の前には二階へ続く階段があった。
漆喰の壁、光沢のある磨かれた横板、凝った作りの手すり、どれも匠の技を感じるつくりだ。
いまさらながら、少し罪悪感を感じてしまう。
高級住宅街にある豪邸を、ただで貸してもらっているようなものだからな。
「この奥はリビングになっている。日当たりもいいぞ」
不動産屋さんよろしく、姫さまは俺たちを案内してくれた。
一階は広いリビング、食堂、小さなキッチン、トイレとお風呂もある。
驚いたことにトイレは水洗だった!
ロモス亭では汲み取り式のトイレだったから、ほとんど諦めていたんだよね。
これは本当に助かるよ。
「どうだ、気に入ってくれたか?」
姫さまが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「それはもう。でも、本当によろしいのですか?」
「もちろんだ。だが、一つだけ頼みたいことがある」
緊張した表情で姫さまは俺の目を見据える。
なにか条件があるのだろうか?
まあ、俺にできることなら手伝うとしよう。
「どういったことでしょうか?」
「そ、そ、その、たまにでいいのだが、わらわも遊びにきてもいいだろうか?」
「へ? ここに姫さまがですか?」
「そ、そうだ。だめであろうか……?」
拍子抜けだ。
もっと、とんでもない依頼かと思ったぜ。
「もちろんいいですよ。遠慮しないで遊びに来てください」
「おお、そうか! うむ、そうか、そうか……」
喜びを隠しきれないといった感じで、姫さまは顔を上気させながら何度もうなずいている。
深窓の令嬢だから、ふだんは遊びに行くことなんてできないのかもな。
だから、気軽に来ることができてうれしいのだろう。
リビングのソファーで談笑をしていると、ドロナックさんがやってきた。
「姫さま、旦那さまがお戻りです」
ついに囚われの公爵がご帰還か……。
「思っていたより早かったな。カミヤ、一緒に行こう。父も会いたがっているはずだ」
「僕も行くよ。ホタルのおっさんを見てみたい!」
「こら」
ついにブラックラ公爵とご対面である。
緊張するけど、屋敷の一角に間借りするわけだから、きちんと挨拶をしておかなければなるまい。
レミィを肩にのせ、俺は姫さまの後に従った。
廊下を歩いている時点では胃が重く感じていたのだが、公爵を一目見るなり、その緊張はいっぺんに解けてしまった。
それくらい公爵閣下は温厚そうな人だったのだ。
年齢は五十前後だろう。
身長は姫さまより少し大きいくらい、小太りで、顔もぽっちゃりしている。
体からにじみ出るお育ちがよさそうな雰囲気、目は少年のようにキラキラしており、人を疑うなんてことがなさそうな表情だった。
「おお、パレスや、いま戻ったよ」
声も優しい人だ。
「お帰りなさいませ、お父さま」
「うんうん、みなにも苦労をかけたな。私のせいですまないことをした」
高い身分にもかかわらず、公爵は使用人のひとりひとりに声をかけている。
というか、この屋敷の使用人はこれだけか。
当主が帰ってきているのだから、おそらく全員が出迎えに出ているはずだ。
だけど、出迎えているのは八人だけだぞ。
そんなことを考えていると、俺と目があった公爵がその場でぴょんとジャンプした。
「カミヤ!」
「はい?」
とつぜん名前を叫ばれて俺は困惑してしまう。
だが、俺の困惑などよそに公爵はむっちりした両手で俺の手をとり、ブンブンと上下に振った。
「そなたがカミヤであろう?」
「そうですが……」
「そうか、そうか! パレスより話は聞いている。このたびはビワールを探すのを手伝ってくれたそうだな。いや、本当にありがとう!」
そう言って友人のように腰に手をまわしてくる公爵はまるで酔っ払いのおじさんだ。
威厳の欠片もないけど、憎めない人ではある。
威厳というのなら姫さまの方があるくらいだ。
「お茶にしよう。久しぶりにケーキが食べたいな。閉じ込められていた間はずっと粗食に甘んじていたのだ。パレスも一緒に食べようじゃないか。カミヤもおいで。美味しいから」
公爵はご機嫌で談話室に俺たちを導いた。
談話室に移動した後も公爵はずっとご機嫌だった。
クリームやナッツがのったカップケーキを四つも食べて、ずっとしゃべり続けているのだ。
「そうだ、カミヤに褒美はとらせたのか?」
「私から報奨金と住む場所、騎士の位を授けました」
「それはけっこう! だが、それではちと足りないのではないか? いっそ領地を与えてはどうだろう?」
「領地を!?」
姫さまが青い顔をしているぞ。
「そうだ、小さな村があっただろう? たしか……ミラージュ村だ! うん、あそこを与えるのがよかろう」
「…………」
黙ってしまった姫さまは小さく震えている。
俺はなんとなく事情を察して慌てて断った。
「そこまでしていただかなくてもけっこうです。私は領地経営なんてわからないし、身軽が性に合っていますので」
「そうかぁ? まあ、気が楽というのは私もわかるな。のんびりしていたほうが人生は楽しい」
俺が領地の話を断ったので、姫さまも胸をなでおろしているようだった。
お茶をいただいた後、俺は自分にあてがわれた家に戻ってレミィとくつろいでいた。
公爵は思っていたよりずっといい人だったけど、なんだか疲れてしまったのだ。
「なんで領地をもらわなかったんだよ。ショウタも欲がないなあ」
「言っただろう? 領地経営なんてわからないし、俺は面倒なのは嫌なんだよ」
これは偽りのない本音だ。
だけど、それ以上に姫さまの態度が気になったのだ。
まだ確信は持てないけどブラックラ家は経済的に困窮しているのではないか、その思いがずっと俺にのしかかっている。
窓から見える庭園を眺めながらぼんやりしていると、足早にやってくる姫さまの姿が見えた。
さっそく、俺を訪ねてきたようだ。
沈んだ顔でやってきた姫さまはリビングに入るなり俺にぺこりと頭を下げた。
「すまなかった、カミヤ」
「どうしたのですか? 俺はなにもされていませんけど……」
「ミラージュ村の話だ」
あれのことか……。
「姫さまが謝るようなことじゃありません。俺に領地は不必要ですから」
「いや、わかっているのだ。カミヤはわらわに気を使って断ってくれたのだろう?」
「そんなことありませんよ」
姫さまは赤い目をして首を振った。
「父の言うことは間違っていない。カミヤはそれくらいの働きをしてくれた。だがな、もう気づいておるのだろう? 我が家の財政は非常に苦しい……」
否定も肯定もできず、俺は黙って姫さまの言葉を待った。
「我が父はよく言えば気前のいい人、悪く言えば野放図に金を使う浪費家だ。方々に借金も多い。それでも、領地の収穫が終われば税収が入る。いまは少しでも収入を得て、返済に充てねばならない。領地のことはもう少し待ってくれないだろうか?」
思いつめた顔をする姫さまに俺は笑顔を向けた。
「そんな心配は無用ですよ。俺は本当に領地なんて欲しくないのです」
「え……」
「こうして住む場所は見つけていただきました。騎士という身分もです。あとは仕事を探して、普通に暮らしていければそれでじゅうぶんなのです」
ちなみに、この場合の騎士というのはあくまでも身分だけだそうだ。
ブラックラ家で働くということではなく、流民ではなくドロナック家が保証する士分という名誉をもらったと考えればいいとのことである。
騎士団所属とか、貴族のお抱え騎士というわけではない。
そのようにドロナックさんから説明を受けている。
「すまないな、カミヤ」
小声でつぶやきながら姫さまはソファーに座り込んだ。
そんな姫さまの目の前にレミィが舞い降りる。
「なあ、嬢ちゃん。そんなに困っているのか?」
「うむ、母上が死んでからというもの借金の額は年々増えているのだ。昔はダンジョンのある領地を保有していたのだが、それも私が子どものころに手放してしまったようだ」
「ぼんくら領主だなあ」
妖精であるレミィは遠慮がない。
だが、父親の悪口を聞いても姫さまは怒らなかった。
「それは認める。父はそういう人なのだ。領民たちには好かれているのだがな……」
むやみに税率を上げたりせず、不作の年は領民に保証までだしたそうだ。
税と裁判が公平なら領主としては及第点だろう。
だけど、浪費はいただけない。
「よし、僕に任せておけ!」
とつぜん飛び上がり、レミィは小さな胸を張った。
「任せておけって、どうするんだよ?」
「ククク、妖精界の天才と言われたレミィさまに不可能はない」
「自信満々だな。で、具体的には?」
「ショウタ、地図を開いて未発見のダンジョンを検索するんだ」
「そうか、公爵の領地に未発見のダンジョンがあれば収入は一気にあがるな」
これを聞いて驚いたのは姫さまだ。
「カミヤはそのようなものまで探せるのか!?」
「わかりませんが、やるだけやってみましょう」
俺はさっそく地図画面を開いて可視化した。
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