第21話 52万レーメン
屋敷の中は閑散としていた。
財産が召し上げられたとき、同時に使用人たちも暇を出されたのかな?
広い屋敷だというのに働いている人はドロナックさんと玄関で俺を迎えてくれた侍女さんしか見ていない。
それだけじゃなくて、お屋敷の規模にしては装飾品などが少ない気がするんだよね。
ほら、高級なホテルとかだと絵画とか壺なんかが飾ってあるじゃない?
ステレオタイプのイメージだけど、貴族の屋敷なら甲冑とかが並んでいると思っていたんだよ。
でも、ここにはそういった装飾がほとんどないのだ。
質実剛健がドロナック公爵家のモットーなのかな?
「食堂はこっちだ。まずは朝ごはんにしよう。レミィの分も用意してあるぞ」
「さすがは嬢ちゃん、礼儀ってものをよく心得ているね」
姫さまは俺たちを朝食に招いてくれた。
広い食堂に、これまた大きなテーブルがあった。
二十人くらいは余裕で座れそうなテーブルである。
テーブルには二人分の食事と、小皿にきれいに盛り付けた妖精の食事も用意されていた。
そんな広い場所で俺とレミィと姫さまは三人で朝ごはんを食べた。
料理はどれも美味しくて、比べるのもなんだけどロモス亭とは大違いだった。
レミィはしゃべることも忘れ、夢中になって食事を貪っている。
「ところで、公爵はいつお帰りになるのですか?」
「今日の夕方にはお戻りになる。戻り次第、カミヤにも引き合わせるぞ」
なんだか緊張するな。
俺は根っからの庶民だから、国のお偉方に会うなんて経験はこれまでない。
自分が勤めていた会社の社長とさえ、まともにしゃべったことはなかったもんな。
社長は会社の金を持って外国へ高飛びしちゃったし……。
嫌なことを思い出して、俺の顔色が曇っていたのだろう。
姫さまが気遣ってくれた。
「心配することはない。父にはカミヤのことをよく話してある。カミヤにたいそう感謝していて、とても会いたがっていたぞ」
「恐縮です」
「そんな心配そうな顔をするな。父はいい加減だが優しい人だ。どんな人間にも美点はあるというのを地で行くような人だから」
並み居る王侯貴族の前でホタルの舞をやってしまうような人だもんな。
明るい性格ではあるのだろう。
食事が終わると姫さまは談話室に連れて行ってくれた。
実家にある15畳のリビングより広い部屋には座り心地のよいソファーや、よく磨かれた高そうな木材のローテーブルが置かれていた。
でも、やっぱりなにか違和感を覚える。
居心地の良い部屋ではあるのだけど、やっぱり装飾品が少ない気がするのだ。
サイドテーブルの上になにもないし、壁に金具は残されているのに絵が取り外された跡がはっきりみてとれた。
「ドロナック、例のものを……」
姫さまが声をかけると、ドロナックさんは小さな巾着袋を俺の前に置いた。
レミィが据わるような小さなクッションの上に乗っている。
「これはカミヤが受け取る報酬の一部だ。中身を確認してくれ」
「そんな気を使っていただかなくても……」
なんとなく遠慮の言葉が出てしまう。
俺としては、姫さまたちと知り合えたこと、こうして屋敷に呼んでもらっていることでじゅうぶんだと感じてしまっていたのだ。
だけど、姫さまは重ねて、中を確認するように言ってきた。
「いいから受け取ってくれ。本当はもっと渡したいのだが、いまはなにかと物入りなのだ。これは報酬の前渡しだと思ってくれていい」
何度も言われて俺は巾着に入った硬貨を取り出して確認した。
金貨が五枚に銀貨が二枚、しめて52万レーメンである。
「ずいぶんと中途半端だなあ」
そういったレミィの口を俺は塞いだ。
「申し訳ありません。これだけいただければじゅうぶんです」
だが、姫さまはぶんぶんと首を横に振る。
「いや、レミィの言うとおりなのだ。わらわもこの額が中途半端だということは理解しているのだが、できるかぎりのことはしたくて……」
口にはできなかったけど、俺はもうやめてくださいと言いたかった。
なぜなら、俺はこの金額に心当たりがあったから。
あの日、あの古着屋で、ドロナックさんが持ち込んだ姫さまのドレスの買い取り額はちょうど52万レーメンだった。
姫さまはご自分のドレスを売ってこの金を作ったのだ。
それに、俺はもう気がついていた。
この屋敷は広さの割に人がいない、装飾品も少ない。
おそらくドロナック家は困窮しているのだろう。
そんな中で、姫さまは恩人に精いっぱい報いるため、ご自分のドレスを売ったのに違いない。
俺がこの金を突き返したところで、姫さまのドレスはもう戻ってこない。
とりあえずいまは、懐に納めておこう……。
「姫さま、本当にこれ以上はいただけません」
「だが!」
反論しようとする姫さまを制して俺は続けた。
「住むところをいただけるとお聞きしました。それだけでありがたいです」
「おお、そうだったな。報酬のことはまた話し合うとしよう。先にカミヤの家を見せたい」
姫さまがそちらに気を逸らせてくれたので俺は内心ほっとしていた。
「ぜひお願いします。楽しみだったんです。あ、でも、そんな立派な部屋はいりませんよ」
「安心いたせ。気兼ねのいらない離れだ」
ソファーから立ち上がり、姫さまは俺に笑顔を向けた。
レミィも嬉しそうに飛び上がる。
「よーし、僕たちの新居を見るとするか」
「おい、俺が住まわせてもらう場所だぞ」
「なに言ってんだ。僕たちは相棒だぜ。僕のものは僕のもの。ショウタのものも僕のものだ」
小さななりをして、言うことだけは体の大きなガキ大将みたいだな。
「ついてきてくれ。案内いたそう」
俺たちはそろって姫さまの後に続いた。




