第19話 実験
本日2本目の更新です。
「にしても、みすぼらしいマントだなぁ……」
レミィはマントを見て顔をしかめた。
かつては紫色をしていただろう布地は色あせ、いまではかすれた赤茶色になっている。
縁取りの金糸だって見る影もなく、薄汚れたアイボリーだ。
スタイリッシュさの欠片もないことは認めよう。
「まあいいじゃないか。臭くはないみたいだし……」
布地に鼻を近づけたけど、他人の体臭はない。
ばあちゃんちで嗅いだような、古い品物に特有の匂いがするだけだ。
俺は服の上からマントをはおり、ほつれた糸の一つを指先で切った。
糸はボロボロなので簡単に切れてしまったのだ。
「おおっ!」
足元の重力が弱まるのを感じたと思ったら、俺の体はもう1センチほど浮いていた。
ぷかぷかと上下しながら、空中を漂っている。
「へぇ、人間のくせに俺たちみたいに飛んでるじゃないか。ショウタ、もっと強く念じてみろよ」
レミィの言葉に従って念じてみると、浮遊度合いはさらに増していった。
そろりそろりと高度をあげ、1メートルの高さまでやってきた。
東から吹く風にあおられ、俺の体はゆっくりと西の方角へと流されていく。
「本当に浮くんだな……」
はじめての浮遊に俺は感動した。
これがあれば馬車での移動でお尻が痛くなることもなくなるだろう。
もっとも、これは宙に浮くだけで、行きたい方角に移動はできない。
「空中散歩は無理か……。いい風が吹いてくれれば助かるんだけどな」
「だったら、風の精霊に頼めばいいじゃねえか」
「えっ?」
「風の精霊ならショウタの行きたい方へ連れて行ってくれるぜ。風の精霊の上司である俺が言うんだから間違いない!」
レミィはふんぞり返って鼻の穴を膨らませている。
だったら試してみるか。
「風の精霊さんたち、俺を森の出口まで運んでくれ」
針葉樹の間をすり抜けて、優しい風が俺の頬を撫でた。
穏やかな薫風がゆっくりと森の出口まで俺をいざなう。
まるで世界一優しいお神輿に乗っている気分である。
「これはいいな!」
「あいつら、まだ余裕がありそうだぜ。もっとスピードを上げてもいいんじゃないか?」
「これくらいでじゅうぶんだよ」
レミィには肩をすくめてみせたけど、本当は少し怖かったのだ。
空を自由に飛び回るには風の精霊たちとの意思疎通が大切になる。
それにはもう少し練習が必要だろう。
いまはこれくらいにして時間に余裕ができたらやってみるとしよう。
浮遊マントを試し終えた俺たちは、残った隠形の札の効果を確認することにした。
「次はこれか」
俺は懐から大事にしまっておいた隠形の札を取り出した。
黄ばんだ油紙には朱色の文字で漢字のようなものが書きつけてあるが、なにが書いてあるかまではわからない。
ロウンド王国の文字でないことは確かだ。
紙質は固く、しっかりしているので、少々のことでは破損しなさそうである。
「これを額に貼ればいいのか」
「僕が貼ってやるよ」
札をひったくったレミィが顔の前まで飛び上がり、ペチッと俺の額にくっつけた。
のりなどはついていないというのに、吸い付くように札は俺の肌にくっつく。
「ぷっ、間抜けな絵面だなあ」
御札の幅は5センチメートルほど、長さは20センチメートルもないので視界は保てている。
だけど、異物感はどうしてもぬぐえなかった。
「どうだ、俺の姿が見えるか?」
「お、ショウタの姿がぼやけてきたぞ!」
隠形の札が効果をあらわしたようだ。
「具体的にどんなだか教えてくれ」
「だんだん輪郭がはっきりしなくなって、うっすらとした影みたいになってる」
「完全に消えるわけじゃないんだ」
「だけど、ほとんど見えていないぞ。あと、僕だから影が見えるのかもしれない。普通の人間ならまったくわからないかも」
レミィは妖精だから精霊使いである俺のことを認識しやすいということか。
「このまま街へ戻ろうぜ。ショウタの姿が人間に見えないかどうかをはっきりさせるんだ」
実験の場所を街へ移すため、隠形の札を額につけたまま俺は歩き出した。
街へ戻る途中で何人もの通行に出会ったけど、俺に視線を向ける人はいなかった。
すぐそばをすれ違っても、まるで気づいていないようである。
「見えていないのかな?」
「そうみたいだぜ。僕と一緒だよ」
妖精のレミィも人から認識されることはない。
気づいてもらえなくて寂しくないのかな?
「人間としゃべりたいときは見えるようにしてやるから平気さ。それに見えないってのも悪くはないもんだぞ。いたずらし放題だからな。ショウタもやってみるか?」
「そんな趣味はないよ」
二人でしゃべりながら中心街までやってきたが、俺の姿が見えている人は、やっぱり一人もいないようだった。
それはおもしろいことだけど、不都合も多い。
特にこういう人が多いところでは危険でさえある。
姿が見えないので通行人がどんどんこちらへ歩いてくるのだ。
危うく三回もぶつかりかけたからね。
通りを横切る馬車もまったく避けようとしない。
悪いのはこちらだから文句は言えないけどさ。
「そろそろ御札をはがしたいよ」
「だったら目立たない場所へ行こうぜ。いきなり現れてびっくりさせるのも楽しそうだけどな。あのおっさんを驚かせるか?」
レミィは昼間からビールを飲んでいる荒くれ者を指さしている。
あれはダンジョンへ潜る冒険者たちかな?
重そうな装備や武器を身につけているぞ。
あんな輩をびっくりさせたら絡まれてしまいそうだ。
そんな危険な真似ができるか。
「だから、俺はいたずらなんてしないんだよ」
「うげっ!」
くっちゃべっていたレミィがとつぜん変な声をだして空へ飛び立った。
「おい、どうした?」
「あ、あいつだ!」
「あいつ?」
レミィの視線の先に陰気な男がいた。
あれは朝に見た精霊使いじゃないか。
たしか名前はガルガルディ・マトックだっけ?
よくは知らないけど俺もあいつは苦手なんだよな……。
「僕は先にロモス亭へ帰るよ。それじゃあまた後で」
呆然とする俺を残してレミィは空の彼方へ飛び去った。
いや、俺を置いていくなよ、と思ったけどもう遅い。
マトックはもう目の前までやってきていた。
あいつは妖精であるレミィのことを認識できた。
隠形の札で姿を隠しているけど、ひょっとしたら俺のことが見えてしまうかもしれない。
照りつける太陽の下、俺は動くに動けず、じっとしているしかなかった。
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