第14話 精霊と妖精
まるで通信障害で回線速度が落ちているみたいな状態である。
どうやら地図スキルには精霊というものがかかわっているようだ。
精霊が少なかったり、力が弱かったりする地域ではこのようなことが起こってしまうのかもしれない。
地図スキルには予想もしなかった弱点があるんだなあ……。
なかなか進まない地図画面から目を外すと、視界の端でなにかが動くのを感じた。
はじめはぼんやりとした光のような気がしたのだが、それはだんだんと実態を伴ってきた。
人……?
違う、小人か?
にしては羽が生えている。
そう、あれは妖精と呼ばれる類のものに違いない。
身の丈は20センチメートルほど。
粗末な服を着た、性別のはっきりしない生き物がふらふらと宙に浮かんでいる。
その飛び方は弱り切った蝶のようで、今にも墜落しそうだった。
「あ、落ちた……」
俺の見えている前で妖精はついに力尽き、地上へ軟着陸していた。
「いかがしましたかな、カミヤさま。なにやら気配がしますが……」
気がつけばドロナックさんが俺の横に立っていた。
手にはもう抜き身の剣が握られている。
「妖精です。ほら、目の前に」
俺は妖精が倒れているところを指さしたが、ドロナックさんには見えていないようだ。
「妖精がいるのですか?」
「ええ、ここに。行き倒れみたいです」
「それはめずらしい。妖精はめったに人前に現れません。また、現れたとしても見ることのできる人間は少ないのです」
「そんなに希少な存在なのですか」
「いえ、数は多いらしいのですが人前にはあまり出てこないという話です」
ドロナックさんと会話をしていると、それまでピクリともしなかった妖精がこちらを向いて恨めしそうに声を上げた。
「おい……、目の前で妖精が倒れているんだぞ。お前らには人の心がないのか……?」
「あ、ごめん。大丈夫?」
「見りゃあわかんだろ。こちとら瀕死だぞ」
そんなことを言われても俺に医療の知識はない。
ましてや、行き倒れの妖精をどうやって助けていいかもわからない。
「なにかできることはあるかな?」
「魔結晶をくれ……」
ドロナックさんは不思議そうに俺を見つめている。
「妖精と会話をしているのですか?」
「声が聞こえませんか?」
「はい、私にはさっぱり」
姿が見えたり、声が聞こえたりするのは俺だけのようだ。
「魔結晶を欲しがっています。ドロナックさんは持っていますか?」
ドロナックさんはポケットから豆粒ほどの青く光る石を取り出して俺に渡してくれた。
「これが魔結晶ですか……」
月明かりを受けて深いブルーに光る石はサファイヤのようだ。
指先でつまんでよく観察すると、俺の体内にある魔力と呼応するよな波動を感じる。
俺はもらった魔結晶を妖精に向かって差し出した。
「ほら、これでいいのかい?」
「チッ、いちばん安い青晶じゃねえか……」
文句を言いつつも妖精は魔結晶を受け取り、ギュッと胸に抱いた。
青い水が流れ込むように、魔結晶から淡い光が妖精の体内へと移っていく。
ああやって力を取り込んでいるのか。
魔力をとり込んだおかげか、半透明だった妖精の姿がだんだんはっきりしてきた。
「きた、きた、きたーっ!」
妖精の声までもが明確になってきたぞ。
ちょっと、うるさいな……。
エネルギーを吸い取られた魔結晶は燃え尽きた炭のように白くなって、粉々に崩れてしまった。
「ふぃいい、助かったぜ。あんちゃん、ありがとな!」
元気を取り戻した妖精はぱっと跳ね上がり俺の肩の上に乗った。
「ほぉ……」
ドロナックさんにも妖精が見えるようになったようだ。
魔結晶で妖精が力を取り戻したからだろう。
「僕は風の妖精のレミィ。あんちゃんは?」
「俺は神谷正太だよ」
「カミヤ……ショウタ……? なんだかめずらしい名前だな」
「それは、俺が異世界人だからかな」
「ふーん……、それで雰囲気が違うのか」
レミィは俺が異世界人と聞いてもべつだん驚かない。
すんなりと受け入れているようだ。
「ショウタたちはこんな山の中でなにをしているんだよ? ひょっとして山賊か?」
「どう見ても悪人にはみえないだろう? 俺たちはビワールを探してここまで来たんだ」
「ああ、ビワールか。って、ああっ!」
丸坊主になったビワールの木を眺めてレミィは大声を上げた。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもねえ。僕が明日の朝ご飯に食べようと思ってたのに……」
実と葉を収穫したビワールはすでに枯れかけていた。
だが危なかったな。
もし一日でも遅れていたら、ビワールはレミィに食べられて、俺たちは見つけることができなかったかもしれない。
「妖精って魔結晶を食べるんじゃないんだ?」
「普通の食事だってするんだよ! だいたい魔結晶は食べないぞ。あんなものを食べたら腹を壊しちまう」
たしかに、食べてはいなかったな。
抱きしめていただけだ。
「あれは元気のないときに力をもらうだけだ。まったく、いたいけな妖精から食事を奪うなんて山賊よりたちが悪いや……」
ビワールを強奪したわけじゃないのにひどい言われようである。
「ところで、レミィはなんで行き倒れていたんだ?」
「僕かい? それがさぁ、精霊魔法を使えるやつが近くにいるらしくて、昨日からやたらと忙しかったんだよ」
「精霊魔法? でも、レミィは精霊じゃなくて妖精だろう?」
種類が違うと思うんだけどな。
「妖精は精霊の上位種だぞ。だから、精霊たちが忙しすぎるときは手伝いをしたりもするのさ」
現場が大変すぎて、上司が手伝うみたいな感じなのだろう。
あれ、邪魔になることも多いんだけどね……。
はっきりいって、前職の部長は仕事ができなかった。
「この山には精霊が少ないっていうのに強力な精霊魔法を使えるやつがいるみたいなんだよ。それで急遽、僕がヘルプに駆り出されたってわけ。昨日の早朝から大変だったんだぞ」
昨日の早朝から?
それは、俺たちが山に入った日だよな。
「ドロナックさんは精霊魔法を使うのですか?」
「いえ、私も姫さまも精霊魔法は使いません。非常にめずらしい魔法なので、遣い手すらみたことはございません」
となると、考えられるのはただ一つ。
ダイアログにも精霊ネットワークが乱れている、とか出ていたもんなあ。
「悪い、それは俺のせいかもしれない」
俺は地図画面を開いてレミィに見せた。
「なあ、これは精霊魔法を応用しているのか?」
「…………」
目を点にしてレミィは画面に見入っている。
「おい」
「…………」
「おいってば」
「…………」
なんだよ、質問しているのに黙っちゃって。
「なんじゃ、こりゃぁっ!」
レミィの大声が静かな夜のカムリ山に響いた。
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