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天国と地獄

フローライト第百十三話。

「何とかでまかせだってわかってはくれたけど、あれから毎回嫌味の連発でさ・・・」と奏空が言う。桜もそろそろ散り時かなという風の強い日の夜、奏空が利成の家に来た。


「そうなんだ」と美園は言った。利成は朔とアトリエで明希はちょうど入浴中だった。


「何とかならないかな?俺、嫌味連発はきついんだよ」


「そうだね、呼吸困難になるって言ってみた?」


「言ったよ。そしたら自業自得だって。そんなに呼吸困難なら來未ちゃんに人工呼吸でもしてもらったら?って、やぶへびなんだよ」


「アハハ・・・そうなんだ。仕方がないね」


「美園~助けてよ」と奏空が抱き着いてくる。


「やー鬱陶しいな」と美園が言った時、「奏空?来てたの?どうかしたの?」とお風呂から出てきた明希がリビングに来た。


「あ、明希。明希からも咲良に言ってよ。俺は潔白だって」


「ああ、何?前の女の人のこと?ほんとに潔白なの?」と意外にも明希はシビアに言う。


「潔白です」と奏空が急に姿勢を正して言う。


「でも藤森來未は咲良に似てるでしょ?奏空の好みじゃないの?」と美園は聞いた。


「似てるよ、確かに。エネルギーが同じな感じなんだよ。だから俺もつい來未ちゃんと話す時に、いつもよりリラックスしちゃったかもしれない・・・そのせいなんだよなーああいう記事になったの」


「ふうん・・・それ、咲良に言ったら?」


「言ったよ、もちろん。そしたら”じゃあ、尚更しやすいんじゃない?”ってまたやぶへびになった」


「アハハ・・・もう笑わせないでよ。もう咲良なんか放っておきなよ」


「放っておいたら離婚されるよ」と奏空が不貞腐れたように言った。


「いいじゃん、離婚すれば」


「みっちゃん、簡単に離婚なんていわないの」と明希が缶ビ,ールを二つ持ってきて一つを美園に渡した。


「ありがとう」と美園が受け取ると、「俺のは?」と奏空が言う。


「奏空は車でしょ?」


「そうだけどお茶くらいくれてもいいんじゃない?」


「あ、キッチンにあるから勝手に入れて」と明希がしれっとしている。


「やだなー明希まで咲良みたくなってきた」


そう言って奏空が立ち上がってキッチンに行った。その背中をチラッと見てから明希が美園に微笑んだ。


「あの子、ほんとにやってないのかな?」と明希が美園に聞いてきた。


「してないよ。奏空が嘘言ってたらすぐわかるから」


「そうなの?じゃあ、ほんとにしてないんだ」と心なしかがっかりしたようなエネルギーを美園は感じて(あれ?)と思う。


すると冷たいお茶をグラスにいれた奏空がリビングに戻って来た。


「明希さ、俺が浮気すればいいと思ってない?」と奏空がソファに座る。奏空もそれを感じたのだろう。


「思ってないよ。でも、何で奏空は咲良さん一筋なのかなって思ったの」


「咲良が好きだから」と真顔で言う奏空。


「あーはいはい」と明希が言う。


「やだなー今度は美園みたい」と奏空が美園に呆れ顔をしてみせた。


(明希さん、やっぱりまだ咲良のこと完全に消化してないのかな)と思う。


咲良は、数ある女性関係の中で唯一利成と心を通わせた女性だ。やっぱり心境は複雑なのかもしれない。


そこでリビングのドアが開いて利成が入って来た。


「奏空、何かあった?」と聞いてくる。


「ありまくり」と奏空が答えると、利成が「そうか、大変だね」と、さほど関心がないといった風に利成は言ってキッチンに入って行った。


「朔君、どうなの?」と奏空が美園に聞いてくる。


「朔?朔は何とかやってるよ。絵もそろそろ仕上げみたいだし」


「そうなんだ。どんな絵?」


「んー・・・天国と地獄の絵」


「それは聞いたよ。それがどんな感じ?」


「あれは言葉で言えないよ。でもすごいよ、今までで一番だよ」


「へぇ・・・そうなんだ。見てみたいな」


「今は行かない方がいいよ」と利成がウイスキーの入ったグラスを手にソファに座った。


「そうなの?」と奏空が言う。


「ん・・・朔君、また手が止まってるからね。床に横になったまま動かないよ」


「床に寝てるってこと?」と奏空が聞く。


「そう。集中して三日三晩寝ないで描き続けたかと思うと、今度はぷっつり糸が切れたみたいに横になってずっと自分の絵を見ているの繰り返しだよ」と利成が言った。


「そしてお風呂も入らないし、ご飯も食べないし・・・でも、美園ちゃんとならお風呂入ってくれるんだけどね」と明希が美園の方を見る。


「えっ?そうなんだ。一緒に入ってるの?」と奏空が美園に聞く。


「そうだよ。そうすると朔の気持ちが安定するっていうから、黎花さんが」


「黎花さんって朔君の面倒をみてくれてた○○〇の社長さんだったよね?」と奏空が聞く。


「うん、そう」


「そうか、朔君をサポートしてくれる人はちゃんと準備されてるんだね」と奏空が言う。


「準備ってことは、こうなるのがわかってるってこと?」と美園は聞いた。


「わかってるっていうか、決めてくるだろからね」


「ふうん・・・じゃあ、私は何を決めてきたんだろう?」


「さあ?それはこれから展開していくから楽しみにしてよ」と奏空がまるで分っているかのように言う。


「知ってるなら教えてよ」


「知らないよ、俺だって」


「知ってる口ぶりだった」


「知らないから」


「利成さんは知ってる?」とさっきから面白そうに見ている利成に聞いた。


「さあ?美園のこれからなんて誰にもわからないよ」と利成が言う。


「じゃあ、利成さんは何を決めてきたの?前世とか思い出したって言ってたでしょ?」


「はっきりってわけじゃないよ。ただ奏空との勝負を思い出しただけでね」


「そうなんだ。じゃあ、今世の勝負はどっちが勝ちそう?」と美園は聞いた。


「そうだね、俺かな?」と利成が微笑んだ。


「そうなの?奏空」と美園は奏空を見た。


「利成さんは永遠に退屈してるね。すぐにでも輪廻から外れることができるくせに、わざと留まってるんだよ。明希を道連れにね」と奏空がわりと真面目な顔で言った。


「えっ?私?」と明希が驚いている。


「どういうこと?」と美園は聞いた。


「さあ?言えるのはここまで」と奏空がグラスのお茶を飲んだ。見ると利成が楽しそうに奏空を見ている。


「えー・・・ずるい。奏空ばっかり知ってるなんて」


「知っちゃったらつまらないでしょ?わからないから面白いんだよ」と奏空が言うと、「同感だね」と利成も言った。


「それならさ、咲良とのこともわかるでしょ?悩むことないじゃん」と美園は言った。


「あーそうだった!咲良だよ、今の問題は!それがわかれば苦労しない」と奏空が頭を抱えたので皆が笑った。


 


奏空が帰宅してから美園は二階のアトリエに行ってみた。また食事もろくに取ってないと明希が心配しているので少しでも食べてと言おうとも思っていた。


「朔?」とドアを開けてから朔を呼んでみた。寝転んではいなかったが座ってじっと絵を見つめていた。


「朔、明希さんがご飯食べてって」と美園は朔の隣にしゃがんだ。


「・・・美園・・・天国ってさ、明るいのかな?」と突然朔が言う。


「さあ?イメージ的には明るいんじゃないかな?」


「じゃあ、これ暗いよね?」と朔が絵を見ている。


美園も一緒に朔の絵を見つめてみた。全体的には暗いが遠くに光が差している。


「暗いかもしれないけど、光は差してるよ」と美園は言った。


「うん・・・遠くにね・・・だけど天城さんが”天国は目の前にいつもあるんだよ”って言うんだ」


「そう・・・」と美園はもう一度絵を見つめた。


「どういうことかわかる?」と朔が美園の方を見た。


「さあ?私も目の前に天国があるとは思えないよ」


「そうだよね・・・だって、ここが天国ならお母さんは死ななかった・・・」


朔の目から涙がこぼれた。美園は胸が苦しくなって朔の肩を抱き寄せて「そうだね」と言った。


「・・・美園はいなくならないよね?」と朔が美園にもたれかかってきた。


「うん、ならないよ」


「誰かと別れなきゃならないような苦しみがあるなら、ここは天国じゃないよね?」


「そうだね」


「じゃあ、地獄?」


「んー・・・どうだろう?どっちもある気がするけど」


「どっちも?」


「うん、天国がなければ地獄もないし、地獄があるなら天国もある・・・上があるなら下が生まれて、右があるなら左が現れる・・・結局、頭の中の出来事だね」


「・・・よくわからない・・・」


「うん、私も。朔はご飯食べないからぼんやりしちゃうんだよ。食べよ?そして食べたらお風呂一緒に入ろう?」


そう言ったら朔が美園の顔を見つめてから言った。


「あの、奏空さんと噂になった女の人、どうなったの?」


(あー・・・そこに連想いくか・・・)


「どうにもならないよ。奏空は咲良一筋だからね」


「そうなんだ・・・」


「何?藤森來未気に入ったの?」


そう言ったら朔が慌てた顔をした。


「違うよ、奏空さんのことが気になっただけ」


「ふうん・・・朔もお色気には弱いんだね」


「だから違うって!」とむきになった朔が美園から身体を離して言う。


「はいはい、違うんだね」と美園は立ち上がった。


「美園、違うって」と朔も立ち上がった。


「わかったよ。ご飯食べに行こう」と美園が先に部屋から出ようとすると、後ろから朔が追いかけてきて言う。


「違うからね」


「はいはい、お色気は好きだけど來未は興味ないんだね」と言いながら美園が階段を降り始めると、朔がまた後を追いかけて来る。


「お色気も興味ない」


「えーそれはないでしょ?」と階段を降りながら笑いをかみ殺した。


「ほんとだって。美園が好き」と朔が言いながら階段を降りて来る。


(この手で部屋から出すのも有りか・・・)と美園はまた笑いをかみ殺した。


「私も朔が好きだよ」と階段を降りたところで朔を振り返った。


すると朔が立ち止まり笑顔になった。そして階段を降りてから「お色気より美園が好き」と言って抱きついてくる。そこでちょうどリビングのドアが開いて明希が顔を出した。


「あ、二人共早くご飯食べちゃって」と美園に抱き着いている朔を見たので、朔が恥ずかしそうに美園から離れた。


(天国も地獄も、私たちはしょっちゅうこうやって行き来しているんだよね・・・朔・・・)


そう思いながら、美園は朔と一緒に明希の後からリビングに入った。

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