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王様の冒険  作者: 六福亭
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前編

 戦から帰ってきた若き国王は、鎧を脱ぎ、玉座に座るなり、側にいた魔法使いにこう言った。

「どうだい、長い長い戦もやっと終わったことだし、2人で冒険に出かけようじゃないか」

 魔法使いは、顔をしかめて、王に進言した。

「陛下は疲れていらっしゃるはずなのに、この上さらに冒険に出かけようと言うのですか。危険です。感心しませんね」

「大丈夫さ。お前も一緒に連れて行くんだから」

「私には、戦の後始末や、国の自然を守るという大切な役目がございます」

「じゃあ、何もかも終わった後に行こう」

「何もかもが全て片付く日など、きっと来ませぬ」

 王はむっとして、口をとがらせた。それを見た魔法使いは少し表情を和らげて、王に尋ねた。

「どうして、冒険に行きたいとおっしゃるのですか?」

 王は立ち上がり、言った。

「どうしてだって? 楽しいからに決まっているじゃないか! 怪物に追っかけられるのも、悪魔と戦うのも、魔女と危険な駆け引きをするのも、考えただけでわくわくするよ。もうずっと、お前と気ままに冒険に出かけることができなかったからさ、たまにはいいじゃないか?」

 だが、魔法使いは首を横に振った。

「国王たるお方が、気ままに冒険などに出かけてはなりませぬ」

 王は額に手を当てて、嘆いた。

「お前は、忘れてしまったのか? 私と2人で冒険に出て、邪悪な吸血鬼を討ち取って帰ってきたこと。あの時は、楽しかったなあ! 出会う人たちが誰も僕の正体を知らなかったから、気楽でよかったよ」

 魔法使いは厳しい顔をして聞いていたが、ふっと笑みをもらした。彼は、王がまだ幼かった頃から教師として、ぴったりと側に仕えていた。魔法使いにとってこの若い国王は、畏れ多くも我が子のように可愛い存在だ。

「陛下は、どんな冒険がお好きでございますか?」

「そうだなあ、まず森へ行きたいな。来た道が分からなくなるくらい深くて暗い森に。お前の魔法の杖に火を灯して、行き先をほんの少しだけ照らすんだ。森の中には熊や狼や、怪物や魔女がひそんでいて、我々を食べる機会をじっとうかがっている。それを知りつつ我々はまっすぐ目的地へと向かうのだ。目的地は、森の中の湖だ。湖には、私に素晴らしい剣を授けてくれた妖精が住んでいるから、挨拶をしなければね。湖畔に腰を下ろし、料理人が持たせてくれた弁当を食べながら、小鳥の歌声に耳を澄まそう。だが、そのうち、小鳥たちのさえずりには不穏なうわさが混じってくる。なんと、敵国の魔法使いが、森にこっそり忍び込んで、我が国の偵察をしているのだそうだ。我々は、そのふらちな魔法使いを捕らえるべく、森の中を探し始める。だが、魔法使いはすでに、森に住む邪悪な者たちと手を結んでいて……」

「そこまで!」

 魔法使いは、手を挙げて遮った。楽しく空想をしゃべっていた国王は、またむっとした。

「陛下。陛下はまもなく、父親になられるのです。そんな大事な時期に、ふらふらと冒険になど出たがって、どうします」

「分かった、もういい」

 王は、ため息をついた。

「つまらない人間になったものだな、お前も、私も」

「それが、成長するということにございます」

 王は玉座から立ち上がり、魔法使いが頭を下げる前で、自分の寝室に戻って行った。魔法使いは、王が冒険を諦めたことにほっとしつつも、ほんの少しだけ残念に思っていた。


 翌朝、城は大騒ぎだった。召使いが王を起こしに行くと、寝室は空っぽだったのだ。城中を探しても、国王がどこにもいない。魔法使いも水晶玉で行方を占い、ほうきに乗って空から探したが、王がどこにいるかはまるで分からなかった。


 魔法使いは真っ青になった。昨日自分が王にきつく言い過ぎたせいで、城を抜け出してしまったのだと思ったからだ。お産が近い王妃に会いに行き、床に伏して謝った。

「私がもっと違ったお返事をしていれば……」

 ベッドの上の王妃は、大きなお腹をなでながら静かに言った。

「いいのよ。陛下がそういうお方であることは分かっていたわ。お城の中に閉じこもって私や大臣の相手をするより、外で戦っていたいのよ」

「ですが……」

 その時、赤ん坊を産む時が来て、魔法使いは王妃の部屋から追い出された。


魔法使いが廊下でやきもきしている間に、無事に出産が終わったようだった。王妃の母が真っ先に部屋に入り、その次に王の妹や王妃の友が入って行った。生まれたばかりの御子の泣き声や、王妃たちの話し声を聞きながら、魔法使いは廊下でぼんやりと待っていた。

「そこで何をやっているんだ?」

 声をかけられ、顔を上げた魔法使いは、はっと驚いた。

「陛下!」

 そこには、今朝いなくなった国王が立っていた。王は全身に葉っぱや小枝をくっつけて、抜き身の剣を右手にさげていた。魔法使いが駆け寄ると、王は照れくさそうに笑った。

「心配かけたろう。すまなかったな」

「陛下……一体、どこへ?」

 王は剣を鞘に収め、廊下の隅に行儀悪く座った。隣に腰を下ろした魔法使いに、冒険の話を語り始める。



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― 新着の感想 ―
わあ!とても感動しました!この物語に一瞬で引き込まれました。王様の気持ちがとてもよく分かります。年を重ねると責任が増えて、若い頃のように自由に冒険に出かけることが難しくなる――まさにその通りです。この…
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