姉妹の本音
本部から帰宅した美緒。
いつも通りに夕飯を作り、日夏と静かに食卓を囲っていた。
「…………」
「…………」
時計の秒針音と食器音がやけにハッキリと聞こえる空間となっていた。淡々と食事を取っている日夏に対して、美緒はチラチラと目を忙しくなく動かしながら食事をとっているのだった。
(やばい。何か話しかけないと……)
内心ではいつ口を開こうかと伺っている美緒。
だが、日夏の方はそんな美緒を一瞥もする事なくてきぱきと箸を動かしている。
その等間隔で一切の無駄を見せない所作に、美緒は何度も喉を詰まらせてしまっていた……。
そんな時。
「…………なにか用あるの? お姉ちゃん」
「っ!?」
突然、日夏の方から声をかけられたのである。想定外の出来事に美緒は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「だから、私になにか用? …………さっきからジロジロ見てきてさ……」
キリッと目を細めて言う日夏。その声音から、若干の不機嫌さがうかがえる。
美緒は、即時に(まずっ!)っと目を見開くと無理やりに口を開かせた。
「……あ! 日夏の学校はどうなった……?」
思ってもないことを言ったため、どこか辿々しい声音になってしまった。
「あ! って……今、思いついたでしょ…………別にお姉ちゃんたちと変わんないと思うよ。明日は休みだけど次の日にはもう学校始まるって……」
「そう……」
総魔市では、ゲートの出現の規模と魔物の強さに応じて臨時休校の日数が変わる。長ければ一週間近くかかったりするのだが、今回は一日だけで済ませるみたいだった。
「……やっぱり、今回は規模が小さかったからな……」
「お姉ちゃん?」
「! なんでもない!」
「…………」
日夏に訝しげな目を向けられ、しまったと思った美緒だったが、それ以上に……。
(そんな見つめないで! …………恥ずかしいっ!)
と、まったく見当違いな心情の方が強かった。
以降は、二人の間に沈黙が続く。日夏が先に「ごちそうさま」と手を合わせて、席を立ち、食器を台所へ持っていくと、そのまま二階へと上がっていってしまった。
「うぅ…………」
一人取り残された美緒は、今にも泣きそうな声音を発しながら、ちびちびと食べ物を口へと運んでいく。
静寂に包まれたリビングでは美緒の咀嚼音がやけに鼓膜に響く。そんな中、夕飯を食べ終えた美緒は、洗い物をするため台所へと向かう。
「はぁー」とため息を吐きながらスポンジを泡立て、食器を洗っていく美緒。
今日も今日とて、日夏を前にして一歩が踏み出せなかった。他人の前では平然と過ごせるのに、なぜか日夏を前にすると胸が高鳴り、血流が早くなる感覚に襲われて、口がうまく開いてくれないのである。
「……なんでなんだろう…………」
ガチャガチャガチャっと食器を洗っていく美緒は、肩を落としながらそう呟く。
この口下手のおかげで、日夏との距離は日が経つに連れ離れていっている気がする。そして、そう遠くない内に美緒の手が届かない所まで日夏が離れてしまう気がしてならないのだ。その時がきたら、美緒は普通に命を絶ってしまうかもしれない。これは冗談でもなく。
「……どうにかしないと」
美緒は、手に握るスポンジを潰しながら神妙な面持ちで呟いた……。
***
「お姉ちゃんのばか……」
諏訪原日夏は、自分の部屋に入るなり第一声でそんな言葉を吐き捨てた。
「なにが、なんでもないのよ…………バレバレなんだから……」
そう、日夏は美緒の隠し事に気づいていたのである。美緒が『魔物討伐隊』で『最強』なんて呼ばれていることまではさすがに気づいてはいないが。
「……お姉ちゃんは、いつも戦ってるんだ…………」
日夏はゆっくりとベットに腰掛ける。そして、その上に置かれていたピンク色のクッションを手に取ると、そのまま勢いよく壁に投げつけた。
日夏はベットの上で両膝を抱え座り、顔を埋めていく。
「…………なのに、……なんで私に構うのよ…………」
日夏は怒っているのだ。魔物と日々戦っている美緒。その事情は詳しくは知らなくても、とても大変で、命がけな仕事なのは日夏でも十二分に理解できていた。
だからこそ。
そんな危険で大変な日々を過ごす中で、自分なんかを気にしていつも構ってきてくれる姉に腹を立たせていたのである。
「……私なんて意地を張って素直になれない、わがままな奴だっていうのに…………」
それ以上に日夏は、姉に気を使わせてしまっている自分に対してもまた、苛立ちを覚えているのであった。
「…………お姉ちゃん……大好きなのに……」
日夏は、自分の性格を恨めしく思っている。
本当は、美緒の事が大好きで気になっているのにも関わらず、なぜか素直になれず強気な返しや態度をとってしまうのだ。こればかりは頭でわかっていても、いざ本人を目の前にすると無意識にそうなってしまうので、日夏にとってはもどかしこと極まりないことであった。
でも、日夏にはそうなってしまったきっかけはわかる気がしていた。しかし、それを美緒に言ってしまったら、今の仕事に影響が出てしまうかもしれない。
そう思った日夏は、今まで密かに自分の胸の内に隠していたのであった。
「…………私も変わらなきゃ」
壁に投げつけたクッションを手に取って呟いた日夏。
最後に、もう一度壁に投げつけてから机に座って勉強を始めるのだった…………。