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最強お姉ちゃんは妹に好かれたい  作者: 志麻智彦
一章
2/27

いつもの朝

窓から差し込む淡い光が閑静な部屋を彩っている。

外から流れてくる暖かい風が黄緑色のカーテンをゆらりと揺らし、小鳥のさえずりが良いアクセントとなって空間に癒しをもたらしていた。

 だが、そんな一時は一瞬で終わりを告げる。


 ジリジリジリジリジリ——と部屋の空気を一瞬で破壊するほどの雑音が鳴り響いた。


 「————んっ!」

 枕元に置いた目覚まし時計を殴るようにして止めた美緒。

 そのまま上体を勢いよく起こすが、目覚めが悪かったのか口はへの字で、目は開いているのか開いてないのかよく分からないほどであった。

 美緒はしばらく寝ぼけ眼な目を擦り。

 「——よしっ!」

 美緒は掛け声に合わせてベットから床へと飛び降りると、そのまま部屋を飛び出し一階へと向かう。洗面所で簡単に顔を洗うと、すぐにエプロンを身に付けて台所に立つ。

 諏訪原家は両親が共に亡くなっているため、姉の美緒と妹の日夏の二人だけで暮らしている。基本的な家事は全て姉の美緒が担当しており、理由としては妹の日夏に学生としての当たり前の日常を送って欲しいからと、もう一つあるのだが……これは、トップシークレットだ。

 「……って、そんなわたしの我がままでもあるんだけどね……」

 手に持つフライパンの上には、目玉焼きが二つ並ぶ。狐色に色づいたあたりで皿の上に移すと、他にもサラダやソーセジなど鉄板な物を備え付けて完成だ。

 「……」

 美緒はできた皿をテーブルに並べると、その皿をぼーっと見つめていた。

 「……やっぱり、言えないな……」

 美緒は、『魔物』と日々戦う危険な職業である『魔物討伐隊』に所属している。現役の女子高生をしながら『最強』などと呼称が付くほどに活躍を見せる美緒なのだが。

 しかし、それらは全て妹の日夏には隠している。

 「……はぁ……」

 日夏用の朝食を作り終えた美緒は、自分の身支度へと取りかかる。美緒だって花の女子高生なわけなので、それなりに準備に時間をかけるのだ。

 髪を直し、化粧水を塗り、皺一つないワイシャツへと袖を通す。そして、最後に手鏡でチェック。日によっては、ここで納得ができずに数十分ほどかかってしまう時もあるのだが、今日は一発で決まった。

 そうして、身支度を整えて美緒は家を出る。いつも通りの流れだ。

 「……行ってらっしゃい、お姉ちゃん」

 と、美緒が部屋を出たところで背後から声をかけられた。

 振り向くと、寝起きでまだボヤッとした顔つきの日夏が、目を擦りながら立っていた。


 (かわいい)


 その姿に思わず失神しかけた美緒だったが、なんとか足腰に力を込めて踏み度止まる。

 この時ほど、日々訓練してて良かったと思うことない……。

 「……お姉ちゃん?」

 「——は! 大丈夫、なんでもないから!」

 「……そう? 気をつけてね?」

 「うん。行ってくるね」

 なんとか表情を取り繕ってやり過ごした美緒。

 玄関を出た先に置いている愛用の自転車の前籠に鞄を放り入れ、ペダルをこぐのだった——。



 美緒が通うのは自宅から自転車で三十分ほどかかる宮園女学院という。

 その名の通りの女子高である。自宅近くの高校は他にもあったのだが、『魔物討伐隊』の本部に近かったのと、友人が多くいるため、この学校を選んだ。美緒には男子と恋愛とか頭の片隅にも考えていなかったのである。


 「……はぁー」

 「今日はどうしたん? 美緒さまよー」


 机に力なく突っ伏していると、前方から声をかけられた。

 美緒が顔を上げると、そこには面白いものでも見ているかのようにニヤニヤと、こちらを見下ろしている小悪魔の姿が目に入った。

 肩口辺りまで伸ばした真紅な髪と、勝ちきそうな目からはエネルギッシュな印象が強い女子生徒。

 「…………普通にしてればカッコいいのに」

 「あれ? なんでそんな悲しそうな目でこっちを見るんです? 美緒さまー」

 「……その呼び方やめてって言ってるじゃん、あかね」

 「ごめんねー、つい弄りたくなっちゃってさー」

 反省の素振りを全く見せず舌を出して笑う彼女は、波瑠あかね。

 美緒の友人であり『魔物討伐隊』の同期仲間でもある。

 そんな戦友とも言えるあかねは、体を起こして空いている机上にポンっとお尻を跳び乗らせた。机からはみ出す両足をプラプラと揺らしながら、あかねは口を開く。

 「日夏ちゃん?」

 「うぅ……なんでわかるの……」

 「いやー、美緒が悩むことは、ほぼ……いや、百パーセント妹のことだもんねー」

 「…………」

 「図星。だね?」

 黙り込んだ美緒を見て、あかねがにぃと口角を大きく上げた。

 その含みたっぷりの笑顔を見せられ、美緒は「はぁー」と一つため息を吐く。

 「……あかねに言わなければよかったって、最近になって後悔するようになってきた」

 「まぁ、まぁ、別にうちは美緒を弄りたいだけでさ、悪意はないからー」

 「……悪意あるじゃない」

 「そりゃ? いつも人の言うことを聞かずに仕事を掻っ攫っていく『最強』さんに少し

は思うところもありますし?」

 「う、……」

 美緒はまたも言葉を詰まらせてしまう。毎度、美緒は不思議に思っているのだが、勉学成績は美緒の方が圧倒的に上なのに、あかねと話していると意外とやり込められてしまうことが多いのである。

 「まぁ、それはそれ。これはこれよね。……日夏ちゃんと何があったの?」

 先ほどまでの笑みが消え、真剣な眼で聞いてきたあかね。

 その視線に美緒の口は自然と開かれる。まるで念力にでもかかるかのように。これもまた不思議である。

 「……特に何もないのよ」

 「ん?」

 あかねは思わず顔を前に突っ込ませてしまう。

 「だから……特に何もないの!」

 「…………」

 今度は、あかねは言葉すら出てくることはなかった。

 しばし後、あかねは「コホン」と一つ咳払いをすると至極真顔で美緒にこう言った。

 「……それ、悩む必要ある?」

 「当たり前でしょ!?」

 急に美緒があかねに顔を近づけて叫んだ。

 あかねは若干頬をひくつかせるも、美緒は構わずといった感じで口を開いていく。

 「だって、姉妹なんだよ? もっとこうさー、姉妹で一緒に買い物に行くとか、一緒にゲームするとか、一緒に遊びに行くーとかあるじゃん。……わたし達にはそうゆう事が一切無いのですよ……」

 顔を真っ赤にして早口で捲し立てた美緒だったが、最後の方にはシュンと肩を落としていた……。

 「別に、年頃の姉妹だったらそんなもんじゃないのー?」

 「む……とにかく! 日夏ともっと仲良くしたいし、もっと一緒にいたいの!」

 あかねは「はぁー」と呆れ気味にため息を漏らすと、顎に手を当てながら美緒に問いかけてきた。

 「…………美緒はさー、日夏ちゃんとの仲をどれくらいまで進展させたいわけよ?」

 「え? ……いきなり、そんな事聞かれても……」

 あかねの質問に、目をパチパチとさせる美緒。

 しばらく天井を見上げていると、不意にこう言った。

 「…………結婚?」

 「アホか!」

 美緒の頭頂部にあかねの手刀が叩き込まれた。

 「飛躍しすぎだ、このどうしようもないシスコンが!」

 「えへへへ」

 「……シスコンって言われて喜ぶんじゃないよ……」

 美緒にとって『シスコン』と呼ばれることは、妹好きが認められているという事で大層機嫌が良くなるのである意味効果は抜群である。

 いつまでもとろけ顔を見せる美緒にあかねは両頬をバチン! と叩いて修復させた。

 「でも、それって結局は今の仕事が問題な理由でしょ?」

 あかねの言葉に、美緒は眉間にシワを作りながら軽く俯いてしまう。

 そんな美緒の様子を見て、あかねは——

 「辞めるの?」

 と、聞きただしてしまう。目尻を下げながら心配や不安が混じったような声音だった。

 しかし、そんなあかねに美緒は柔い笑みを浮かべながらハッキリとこう答える。

 「辞めないよ」

 自分の目を見て言ってくる美緒に対して、あかねはホッと胸を下ろていた。

 「わたしにはやる事があるからね。絶対に辞めないよ」   

 美緒の強くて鋭く熱い視線は、あかねの脇を抜けどこか遠くへと伸びていた。美緒にとって日夏に好かれない事よりも、日夏を守れない事こそが最大の悲劇なのだ。日夏の日常を守るためならば、それは美緒にとってこれ以上ない幸せの一つなのである。

 「そう……なら、よかった……」

 あかねは一息ついて、美緒の机から腰を浮かせた。

 「日夏ちゃんもいいけど、あんたんとこの後輩ちゃんもどうにかしてよね? 美緒の真

似ばかりして、独断専行が目立つから」

 「あー瑠奈のことね。 わかった」

 と、そのタイミングでちょうど始業のチャイムが鳴った。

 「じゃ、また今度ね」

 「うん」

 美緒と軽く挨拶を交わしたあかねは、自分の席である教卓前の席に座った。ちなみにその席は周囲から先生との距離感から『ゼロ席』なんて呼称がついてたりもするのだが、あかねは全く気にならなかったようで平然と受け入れていた。

 「……むしろ、黒板見やすくて最高! ……なんて言ってたな……」

 波瑠あかねは、とにかく前向きな女で、落ち込みやすい美緒からしたら羨ましく見えてしょうがないのだが、あの性格じゃなかったら絡むことすらなかったのかなと思うと、胸の奥が温かくなる。

 「まぁ、腐れ縁ってやつだしね……」

 窓の外を見上げながらそう呟いた美緒。

 気がつけば眼前の壇上には先生が立っており、今日も『学生』諏訪原美緒の一日が始まろうとしていた。

 そんな時。


 ——ウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ——


 と、甲高い警報音が街中に響き渡る。

 続いて機械音のアナウンスが聞こえてきた。

 『——緊急警報発令——市内上空にゲートの発現を確認——住民は速やかに指定避難所へ避難してください——繰り返します——緊急警報発令——」

 続けて同じことをひたすらと言ってくるアナウンス。


 一方で、教室内外は騒然としていた。

 「——みなさん! 落ち着いて、ゆっくり進んでください! 喋ってもいいけど、押さないように!」

 先生の言葉に生徒達はおずおずと従い、廊下に列を作って歩いていく。

 宮園女学院の地下には『指定避難所』があるため、慌てなくても大丈夫なのであるが、やはり怖いものは怖いのである。そこらかしこかで怯えるような言動を見せる生徒も少なくはないようであった。


 「うぅ……怖いよ……」

 「大丈夫だって、少し我慢すればすぐ収まるから」

 「……で、も……」

 「まぁ、ぶっちゃけ怖いもんは怖いよねー」


 地下へ向かう生徒の間でもチラホラと不安の声が上がっている。


 そんな中、美緒はあかねとアイコンタクトを取り合い、列から飛び出すと、生徒達とは反対方向へと走りだしていく。

 「あ! 諏訪原さん! どこへ行くのですか!?」

 「トイレです!」

 「と、トイレって——今!?」

 先生の叫びを背中越しに聞いた美緒は、少し微笑みながら必死に脚を回していくのだった……。



 校舎一階にあるトイレでパイロットスーツに着替えた美緒。そのまま外に出ると上空に浮かぶ闇色に満ちた穴『ゲート』が目に入った。

 「……小さい」

 しかし、美緒の感覚的には眼前のゲートは物足りなさを感じさせた。

 「美緒!」

 後方から声をかけられたので、美緒が振り向く。青を基調としたパイロットスーツを身に包んでいる波瑠あかねが走ってきた。

 あかねは、美緒の目の前まで来て立ち止まる。

 「本部から、『任せる』だって……」

 と、やや沈痛な面持ちで言ってきた。

 美緒は「そう」と一言だけ返し、上空に広がっている闇色の穴と向き合う。

 「美緒……」

 背後からかかる声。その声音から心配してくれているのが伝わってくる。美緒は思わずにやけてしまう。

 ほんと、自分の事は前向きなくせに、他人の事となると後ろ向きにになってしまう。難儀な性格だなぁ、と美緒は思ってしまう。

 美緒は首を回すと、あかねに向かって満面の笑みを浮かべて口を開いた。

 「二人でやっちゃおうよ」

 「ぶふぅ!」

 瞬間、あかねは吹き出した。そして、「美緒、笑顔似合わないねー」っと腹を抱えてゲラゲラと笑う。

 やがて落ち着いたあかねは、一息入れると、ばつが悪そうに顔を歪めている美緒の横に並び立つ。

 「美緒さまがいれば問題ないもんね!」 

 「……その呼び方やめて」

 美緒の否定的ツッコミが合図になり、二人は同時に魔導装置を起動させて別々に敵へと向かって行く……。


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