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第6話 浮気

七尾の告白を断ったあと、私は七尾から送られてくる視線に辟易していた。


想いを寄せる相手への熱い恋慕などではない。


珍獣を観察する目。


その理由を十年たって、あのとき何と言ったか思い出してやっと理解した。



なんで「馬鹿にすんな」だけにしなかったのかな。


キス未経験までばらしてるよ。


馬鹿だー、私。



しばらく七尾に観察される日々が続いた。


集中が切れるたびに突き刺さる視線に意識を持っていかれ、精神的に疲れた。


実験用のモルモットになった気分だった。


……人間って残酷。


ひたすら観察した後に解剖もしてるんだよ?




黙って観察されただけではなく、ときどき七尾に声をかけられることもあった。


「おい」と呼び止められても人物を特定する名前じゃないからと思って無視したけれど……。


……ん?



いま気づいたけれど、あの頃の七尾は私の名前を知らなかったのかもしれない。


……本当にゲスだ。




そんな日々にだったけど、二週間で慣れた。


慣れたら落ち着いて状況を判断できるようになった。


そして、私は何も悪いことしてないことに気づいた。


そう考えたら「おい」を無視する理由もなくなった。



声をかけてくるのは見てるだけのストーカーと違うけど、声をかけてくるのは予備校内だったり図書館だったりで人目のある場所だったから身の危険は感じなかった。


いざとなったら常に携帯している痴漢撃退スプレーを吹き付ければいいと思った。



七尾の行動を分析するときストーカーが比較対象だったのは、昔からストーカーという存在に慣れているからに他ならない。



可愛い系美女のお母さんにはストーカーがいた。


小学校後半には私にもストーカーができた。



ストーカーの取り扱い(?)はお母さんが教えてくれた。



初ストーカーは流石に怖かった。


私は警察に相談してはダメなのかとお母さんに聞いたけど、場数を踏んでいたお母さんに「実害がないと警察は動かない」と教えられた。


とにかく自衛するしかない。



お母さんが私に空手と合気道を五歳の頃から学ばせていた理由がこのとき分かった。


これ以降は、それまでより稽古に熱心になった。



高校に進学したら道場に通うのが難しくなって辞めたけど、大学に入学してから趣味でキックボクシングを始め、いまも続けている。



ストーカーには気づいたら、いつの間にか慣れていた。


自分の慣れに気づいたのは、お母さんが再婚して直ぐの頃。


お義父さんがお母さんのストーカーを捕獲した。



お母さん後ろをついて歩いていたと騒ぐお義父さんに、私とお母さんはその男がお母さんのストーカーであると説明した。



「何でそんなに落ち着いているの!?」



お義父さんは顔を青くして驚いていたけど、お母さんも私も「G(ゴキ□リ)が出たのね」くらいの感覚でしかなかった。


このときお義父さんと、報告を受けて家にきたお祖父ちゃんに「ストーカーに慣れてはいけない」と言われた。


でも、不定期に際限なく湧くものには慣れなないと精神的にやられてしまう。



そのあとだった。


お義父さんやお祖父ちゃんが痴漢撃退スプレーをプレゼントしてくれるようになった。



痴漢撃退スプレーを私はいつも持ち歩いている。


いま鞄の中にあるのはお祖父ちゃんがくれた海外製の痴漢撃退スプレー……しまった。


海外のは過剰防衛になる可能性があるから早めに正当防衛ライン内かどうか確認しないと。



……。



回想が脱線した。



逃げるのをやめたら私はあっさりと自習室で七尾と対峙することになった。


七尾の第一声は……。



「今日は逃げないんだな」



……思いきり悪役の台詞じゃん。



「よく考えたら、逃げる理由がなかった」


「よく考えたら、そうだな」


分かり合えたことで妙な共感が生まれた。



それから七尾が私のいるところにくるのが増えたけれど、私は何とも思わなかった。



好意もないけれど、「一人でいたい」と鬱陶しく思うこともなかったから。



これといった会話もなかったからかな。


ううん、しばらくすると会話をすることも増えた。


でも鬱陶しくなかった。



多分、リズムが似ていたんだと思う。


話しかけてくるタイミングがいつも丁度よくて、鬱陶しく感じなかった。



……勘違い、しちゃったんだよね。


私の話に、いつもみたいに大きな口を開けるのではなく、ほんの少しだけ口角をあげて笑う七尾の姿に。


教室で聞くマシンガンみたいな話し方じゃなくて、選んだ言葉を丁寧に、まるで舟を漕ぐようにゆったりと話す穏やかな声に。



おすすめの本を教えれば、律儀に感想を伝えてくれた。


その感想は私も共感できる好ましいもので、「他には?」と強請る七尾の顔はいつものつまらなさそうな顔と違って楽しそうで。


「もしかして」と勘違いした私。



恋愛慣れした男の汚いテクニック「ギャップ萌え」にまんまと嵌っていた。



「花森のこと、好きだ。今度は本当」



夏の終わり、七尾から二回目の告白をされた。




今度は本当と、最初の告白は嘘だと自白する正直さに騙された。



七尾の声に込められた熱に騙された。


真剣な目に騙された。



どうして気づかなかったのかな。


初めて彼氏ができて浮かれてた?



恋は盲目というもので、私は周りが全く見えていなかった。


告白を受け入れたあと、いま思い返せばおかしいことばかり。


七尾はよく私の隣にいた。

それに対して周りは何も騒がなかった。


七尾の「彼女」はいつも騒がれたのに。


不自然に気づかず、騒がれないことに安堵していたあの頃の私の肩を掴んで「明らかに不自然だろう」と叫びたい。



大勢が賭けのことを知っていたのだ。


私は七尾の「彼女」じゃなかったのに、私は一人で七尾の「彼女」を楽しんでもいた。


脳内お花畑の完全に黒歴史。



救いは七尾とはキスまでだったこと。


賭け対象の女の子とシたゲスもいたようだった。



でも、七尾とはキスまで。


舌を入れられたのも一回だけ。



あのときの私はキスだけで内心大騒ぎ。


舌を入れられた日は、大人の階段を上った気分になった背徳感で、その夜は眠ることができなかった。


若いなあ。



あの頃の私は七尾が他の女の子とキスしただけで大騒ぎ。


いまの私は、彼氏が自分以外の女と寝ていても、怒りに任せて乱入する熱も勢いもない。



七尾が女の子に告白されているというのを聞いただけで不安になった。


それで見にいって、キスしていたのを見たのだから世話はないのだけれど。



……若かった。



「賭けだと知らずに、ばっかじゃないの?」



女の子の嘲る声に、七尾に否定を求めた私はとんだ未熟者。


目を逸らした七尾は後ろめたさ満載で、全身で彼女の言葉を肯定していた。



全て賭けの為。


優しく囁かれた「可愛い」も、甘い口づけも。



若かっただけ……。



「こんの、クソ野郎!」



きっちり拳を固め、全力で顕仁の横っ面を殴り飛ばした。



本当に若いわ、私。

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