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第5話 告白

七尾は人気があり、予備校ではいつも多くの男女に囲まれていた。



どこかの大企業のお坊ちゃま。


何人も彼女がいる。


授業のあと空き教室で女の子とシテいる。



背の高くて整った顔立ちをした七尾に関するうわさ話は尽きなかった。



なかなか想像(妄想)が膨らむ人物だとは思ったけれど、噂のことはあまり本気にしていなかった。


周りを人に囲まれて笑い声をあげているのに、七尾の顔はいつもつまらなそうだったから。



私と七尾の間に出会いらしい出会いはなく、履修クラスがいくつか同じ以外の接点もなかった。



教室の席は決まっていないけれど、自然と座る場所は決まっていたと思う。


七尾は周りの人たちと教室の後ろに陣取っていた。


私は背が低いこともあって一番前の席に座っていた。



そんな配置だったので、七尾が視界に入ることも滅多になかった。


たまに後ろで大きな声が上がり、反射的にそっちを見たときくらい。


動物園で動物の大きな鳴き声がすれば、見たかった動物でなくても反射的に見ちゃうのと同じ現象だった。




家にいたくないという理由で通っていた予備校だから、授業のない日も定期券を使って予備校のある街に行き、予備校の自習室や街の図書館で過ごした。


成績も悪くなく、一番前の席に座って授業のない時間は自習室に入り浸る私は真面目な奴だと思われていたらしい。


よく勉強を教えてほしいとか、一緒に勉強しないかと誘われた。



予備校に通っていたのは一人の時間がほしかったからで、「一緒に」は本末転倒なので毎回断っていた。


そうしたら「一人でいたい人」とラベリングされたようで、基本的に放っておいてもらえた。


学校と違って予備校は一人でいても何も問題がないから楽だった。



一人になるのに予備校を選んだのは遊ぶのが性に合わないだけで、勉強に熱心なわけではなかった。


だから私は自習室では専ら読書。


お母さんは読書が好きで、私もそれに倣うように本を読み始めたので私は本を読むのが好きだ。




「同じ予備校の子だよね?」


あの日、授業の時間まで図書館で時間を潰していた私に七尾が声をかけてきた。



あのときは見かけたから声をかけてきたのだと思っていた。



でも、七尾が声をかけてきたのは“賭け”のためだった。



あの出会いは七尾が賭けに勝つためのもの。


七尾が作った出会いだった。



予備校で同じクラスの男たちがやっていた賭け。


ルールは簡単だけど、内容は実にゲスなもの。



同じ予備校に通う女の子の出席番号を書いたクジを用意し、男子が一人一枚クジを引き、クジに名前が書いてある女の子と卒業までにどこまでいったかで点数を競うというもの。


キスなら何点。

その先なら何点。


本当にゲスい賭け。



その賭けで七尾が引いたのが私の番号だった。


それだけだった。



賭けのことを私に教えてくれたのは七尾の浮気相手。


もちろん親切心ではない。


七尾とキスしていた女の子が、「浮気者」みたいなことを言いながら七尾に詰め寄った私に、笑いながら賭けのことを教えてくれた。




キスやその先は相手の合意をなしにしてはいけないことだ。


告白に成功するのが必須条件、はじめの一歩。


その点、七尾は有利だっただろう。



女の子たちにモテていたし、話すのが初めての相手でも「七尾だ」くらいの認識はあったから。


「どなたですか?」から始まる男より大分有利。


それを七尾も知っていたに違いない。



七尾の「同じ予備校の子だよね」に対し、私が「はい」と肯定したあとの七尾のターン。



「初めて見かけたときから可愛いと思っていたんだ。彼氏がいないなら、俺と付き合ってよ」



たった三ターンで七尾は告白してきた。



いつも通り、笑顔だけれどつまらなさそうな目をして。



「ごめんなさい」


そう答えるたとき、七尾は少し驚いた顔をしていた。


どれだけ自信家なんだろう。

そして……。



「どうして?」



七尾は自分を振った相手に理由を聞けるメンタルの持ち主だった。




今では賭けのことを知っているから、賭けに勝つために粘っていたのだ分かるが、当時の私は「マゾだ」と慄いた。


サドとマゾの場合、なにしてもへこたれないマゾのほうが私は怖い。


マゾのほうが逆ギレするイメージがある。



慄いたのだから逃げるべきだったのだけど……。


「いつも一人だよね」


七尾のこの言葉にカチンときた。



勉強を()()()


()()()駅まで。


「一緒に」を断ると、大体「いつも一人だよね」と言われた。


この日は偶然、七尾に言われるまで三人に言われていた。


朝の駅で一人。

予備校にくるまでの電車の中で一人。


最後の一人は、七尾が声をかけてくる数分前。



しかもそのとき、私は推理小説を読んでいた。


ずーっと発売を待っていた続刊だった。



三回ともがいいところで、気分が盛り上がっているところで声をかけられた。



七尾が声をかけてきたタイミングはそうじゃなかったけれど、イライラが溜まっていた。


感情のまま口を開いた……ことだけは覚えている。



でも、なんて言ったっけ?



ボケナスとかクソッタレとかは言っていないはず。


……多分。



そもそも告白はつまらなさそうな顔でするものではない。


気の迷いというそぶりも見せない。


ただの暇潰しだというのを隠さない告白。


そんなものに揺れる心など持ち合わせてはいない。



暇潰し。


うん、その言葉が一番しっくり合う。


七尾にとって言い寄ってくる女の子は暇潰し。


慣れれば暇も潰せないから、七尾の隣にいる女の子は短いスパンで変わったんだ。


いや、女の子のほうから離れた可能性もあるかも。


女の子のほうが真剣の場合はその可能性が高い。


誰だって想いを返されたいから。



今日と同じなのだ。


加害者の彼女の想いは超がつくほど強火で、七尾や今にも消えそうな弱火。


強火の彼女が十個向ける思いに対して、七尾が返すのは一個以下。


三割以下でも心がへこたれそうなのに、一割以下なんて回復する手立てもなく心が折れる。



そんな相手とキスだなんだは想像でき……あ、思い出した。



暇潰しといっても、高校生のお付き合い。


告白にオーケーすればキスやその先の可能性があると分かっていて。



「暇潰しにくれてやるファーストキスはない」



「馬鹿にすんな」



私は七尾にそういった。


そうだ、そうだ。


やっと思い出した。



良かった、「くそったれ」とは言っていない。

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