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恋心に終止符を。  作者: 酔夫人(旧:綴)


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第3話 病院

見覚えのない天井。


……これは、もしかして?



「花森」



視界一杯に広がった男の顔。


日本人離れした美形だけど知っている顔。


ワンチャン、顕仁似の異世界人を期待したけれど服装はさっき見たスーツ姿だ。



……残念、異世界転生ならず。



別に死にたかったわけではないし、この世界にもそれなりに満足しているからいいけれど。



駄目だ。


頭が混乱している。




「ここは?」


「病院。痛みは?」


顕仁をジッと見る。



「あなた、医者になったの?」


「なっていないけど?」


「それなら説明しても意味がないじゃない。お医者さんを呼んで」



顕仁は直ぐにナースコールを押してくれた。


いや、この男のせいだから「くれた」はない。


感謝は不要だ。



医者が来るのを待っている間、暇だったので数を数えていた。



「花森さん、目が覚めたんですね」


四百を過ぎて数えるのをやめたところで、若くて可愛らしい女性看護師さんが部屋に入ってきた。


遅いなと思ったけれど……そういうこと。



患者は私なのに、看護師さんは顕仁のほうをチラチラ見ている。



これは誰がここにくるか争っていた可能性がある。


療養は家でしよう。



顕仁のほうをチラチラ見ながら私の検査、体温を測ったり脈をとったりする看護師さんに思うところがないわけではないが、「検査をしてもらうこと」を優先してもらうことにする。



「痛いところはありませんか?」


「ありません」


「気持ち悪くありませんか?」


「悪くありません」



看護師さんの顔に戸惑いが浮かぶ。


そうなんだよね。


私って昔から口を開くと「なんか感じが違うね」と言われる。


勝手に妙な期待を持たれても困るんだけど。



「何か必要なものはありませんか?」


「何が必要なんですか?」



……看護婦さん、黙っちゃったけど……私が悪いの、かな?



「この病院にはコンビニがあるので、案内しましょうか」


……私、悪くないな。


そしてこの看護師さん、めげないな。


顕仁に向けて「私を指名して」アピールがすごい。



でも、やることやって。



「誰か私に状況を説明してくれませんか?」


あなたでも、お医者さんでも、その他でもいいから状況を説明して。



「……それでしたら警察官をお呼びします」



その他の警察官から説明を受けるみたい。


命に別状はなさそうでよかったけれど、大事(おおごと)になった気がする。



……そして顕仁はなぜここにいる?


平然と入口の脇の壁に寄り掛かっている。


赤の他人、それも男女が病室に二人きりになぜなれた?


顕仁は何と言った?



……背が高くて顔がいいから絵になるな。



「……と言います」


……あ、しまった。


ドラマみたいに目の前で警察手帳を開かれたことに興奮して名前を聞いていなかった。


名札もしていないし、名刺ももらっていない。


あ、刑事さんって呼べばいい?


あれ、この人刑事なの?




「事故に遭われた状況を覚えていらっしゃいますか?」


「後ろに並んでいた女性に強く押され、コンビニの棚に頭を打ったことまでは覚えています」



「頭を打ったことで花森さんは気を失い、店のスタッフが救急車を呼びました。救急車には花森さんの知人が同乗……えっと?」


「タザワさん、あちらに」


若い女性の警察官が顕仁を指し示した。


おじちゃんのほうの警官はタザワさんというのか。



「七尾さんが同乗し、花森さんはこの病院に運ばれました。事情については七尾さんから説明を受け、花森さんへの暴行の罪で加害者女性の身柄を押さえてあります」


タザワさんが顕仁を見る。


「何か?」


顕仁からわずかに目を逸らし「それがですね」というタザワさん、実に言い難そうだ。



「加害者の女性が七尾さんは自分の彼氏で、七尾さんも同罪だと供述しているんです」


なぜ私のほうをチラチラ、申し訳なさそうに警察官お二人は見るのか。



「店のスタッフは、七尾さんとあの女性は別れ話で揉め、女性が鞄で花森さんを殴打しようとしたのを止めたと」


「そうです」


間違っていない。



「花森さん、なぜあのコンビニにいらしたのですか?」


「……取引先の会社の近くにあって、ちょうど昼ご飯の時間だと思って寄っただけですけど?」


「七尾さんと示し合わせたりは?」


「「はあ?」」


顕仁と私の声がまたハモッた。



「加害者の女性が、自分は七尾さんとあなたに嵌められたのだと供述していまして……」


それって……それであの同情的な目……。


「もしかして彼女は、私を七尾さんの浮気相手と言ったのでは?」


「……そうです」



坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってこと?


その前に、どっちが坊主?



ちょっと思考が変になっているわ。


頭も痛い、気分も悪い。



「浮気相手じゃありませんよ」


「でもお知り合いですよね」


「知り合い全員と浮気するんですか?」


黙った。


そりゃそうだ、「知り合い=浮気相手」と言うほうがおかしい。


ただ隠すと疚しいことがあったと勘繰られるかもしれない。


それはもっと迷惑だ。



「確かに以前お付き合いをしていましたが、十年も前のことです」


「それでは、本当に偶然だと?」


「はい。顔を見て誰だか分かったくらいです」



そんなことあり得るのか、という目で見られた。


私も彼らの立場なら同じように思うだろう。


責めやしない。



いつもなら。



今日は朝から雨でイライラしていていた。


午前の打ち合わせで今日の残業が決定したのでイライラが増していた。



そしてコンビニでの騒動。



病院送りにされて、目覚めたら警察官に三角関係からの自作自演と疑われている。



私の堪忍袋はコンビニで一度切れかけている。


だから、簡単に切れた。



「お二人は十年前にたった三ヵ月だけ付き合った人を覚えていますか? 彼の浮気現場を目撃し、平手打ちして終わった相手に会いたいと思いますか? 会いたいと思うどころか、そんな男は記憶から抹消してもいいと思うのですけど?」


……。


ほーら、黙った。


誰も得しない暴露話だけど黙らせたことを勝ち誇りたい。


……そして、穴があったら入りたい。




幸い、警察官たちの視線は顕仁に向かった。


そういえばもう彼氏じゃないから七尾というべきだね。


七尾も「花森」と呼んでいたしね。



七尾、気まずそうな顔をしているなあ。


ふん、ざまあみろ。



「彼女のいうことは本当です。別れたあとは連絡も取っていません」



あ、連絡先はスマホに残ったままだ。


着信拒否・受信拒否したままで忘れてた。



まあ、ここまで明け透けに話せば関係を疑われることはないだろう。


よしよし。



……一人になって羞恥に悶えたい。


「彼女が気づかれないのも当然です。あの頃の私はパーマをかけていなかったので髪がくるくるしていましたから」


ああ、違和感はそれか。


好きだったのにな、あのくるくる。


……くるくる。


チョココロネが食べたくなった。



「当時の写真を見せましょうか?」


「いえ、結構です」


七尾の申し出を断った警察官たちは私に頭を下げた。


「余計な詮索をして……不快な思いをさせてすみませんでした」


「……いいえ」



不快だったし。


冷静になったいまはどうしてあそこまで言ったかなと思うけれど。


彼らも仕事だ。


疑うことが仕事だ。


大変なお仕事だ。



気まずいけど。


かなり気まずいけど。


彼らを責めるつもりはない。




「花森さん、加害者を訴えますか?」


「大ごとになることを望みません。弁護士を介し、賠償金を払っていただければ示談にします」

 


連絡先として名刺を渡そうとしたところで、鞄がどこにあるか分からないことに気づいた。


財布。

家の鍵。


そしてスマホ!



「花森、これ」


え?


鞄が目の前に出てきた。


ミラクル!


……じゃない。


何で七尾が持っているの?



「救急車に乗ったときからずっと預かってた。落ちていたスマホも鞄の外ポケットに挟んである」


「……ありがとう」



感謝はするけれど家族でもない自称“知人”に鞄を預けるって、セキュリティは大丈夫?

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