第21話 捜査
「顕仁、まだ落ち込んでいるの?」
「ごめん、未玖」
顕仁が悪いわけではない。
顕仁は被害者だ。
ただちょっと脇が甘いというだけ。
予備校のときにしてもそうだよね。
私のことが好きだったなら、あのキスは「キスされた」ってことだ。
……だめだわ。
過去を責めるって一番無駄なことをしている。
「顕仁」
「なに?」
顔をこっち向けた顕仁の顔を両手で固定して、唇にキスをする。
「これで勘弁してあげるわ」
「はえ?」
うん、スッキリ。
「顕仁にもストーカーの一人や二人いると思ったのよね」
「やめてくれ、二人目が出てきそうだ」
私には三号までいるんだぞと言ってやろうかと思ったけれど、ストーカーの実害を体験して怯えている顕仁に言っていいことじゃない。
私だって、三号のことは怖いし。
「……なんでそんな顔をしているんだ?」
「ストーカーって怖いなって、そう思っている自分に驚いている」
「……怖がってくれるようになってよかった」
顕仁が『こっちにこい』と手招きするから、近づいてみたらぎゅっと抱きしめられた。
「ストーカーは怖いんだからな」
「うん」
「本当に怖過ぎ、手段選ばなさ過ぎ。犯罪を躊躇しないって価値観違い過ぎ。……ストーカーなんてって、ドラマや映画の中にしかいない存在だと言っていた昔の俺を殴りたい」
「その昔って、一昨日の顕仁だよね」
顕仁が天を仰ぐ。
「まだ三日なのか……まだ三日……密度濃過ぎだろう、この三日」
「本当だね」
確かに忙しい三日間だ。
一日目は、顕仁に対する好感度は下り坂。
嫌いなところを探して、見つかって、好感度はコロコロと下って、三ヶ月をめどに終止符を打とうと思っていた。
それ、病院までの話。
顕仁の家に行って、その日の日が暮れるころには好感度が「好き」と「最低」を行ったり来たり。
上へ下へと乱高下していた。
そして夜、「やっぱ好きだ」「振り向いてもらうぞ」と大きくジャンプ。
……一日目の私。
情緒が不安定過ぎ。
二日目。
仕事にいって感情がクールダウンできた。
恋をすると世界がキラキラして見えるという現象は特になかった。
夜、顕仁と駅で待ち合わせしたところからキスするまでは。
……思い返すと平和だったな。
本当ならキスしてドキドキするべきタイミングだった。
それなのに、超ド級の、悪い意味でのドキドキに上塗りされた。
ちゃんと思い出せば……キスは、ドキドキしたよ。
初めてじゃないけど、久しぶりだし、十年もたっていれば新鮮さ強め。
キスしながら、顕仁とのキスはドキドキするって思ったっけ。
……自己嫌悪。
キスして自己嫌悪もどうかと思うけど、キスを振り返ったことで「顕仁とのキスは」と顕仁限定している自分に気づいた。
私は浮気していた。
再認識してしまった。
他の人とのキスだってドキドキはしたんだよ。
ただドキドキのレベルが違うってだけで……浮気の言い訳は最低だって自分で言って、自分で言い訳してる。
浮気をしたとき、言い訳したくなる気持ちが分かった。
学んだ、私。
レベルアップした。
……もうレベルアップは嬉しくない。
いや、いままでも嬉しくなかったけれど。
浮気発見の経験値はもうほしくない。
だって今度それをするのは顕仁ってことだし。
……そして、今日。
本当に慌ただしい。
***
「ここに捜査本部をたてる」
三番目のお兄さんのドラマな台詞に思わずパチパチと手を叩いたけど、ここは顕仁の家。
一般人の家に捜査本部ってたつの?
「警察署内に設けられることが一般的だけど、事件現場の近くに臨時の捜査拠点が設けられることもあるのよ」
「利子さん」
隣で笑うこの女性は三番目のお兄さんの奥さん。
あの歌劇団の男役になれそうな感じの、背が高くてしゅっとした感じの凛々しい女性。
お名前は利子さんなんだけど、「トシコ」ではご年配ぽいから「リコ」と呼んでほしいと言われた。
利子さんは捜査一課の刑事さん。
幼い頃から警察官になるのが夢で、母方が一族に警察関係者が多くて、結構偉い人もいるとか。
でもご実家の家業は銀行らしい。
銀行を生業としている家の娘の名前が利子。
「事件現場の近くというか、事件が起きるならここなんだけど」
「楽でいいじゃない」
「現場と会議室が一緒になったら、事件は現場でっていうあの有名な台詞がなくなるよ」
「それは嫌ね」
顕仁とそんな会話しつつも、お姉さんの指は止まらない。
お姉さんはサイバー犯罪の捜査によく協力をしているらしく、スマホを見てくれた滝さんとは彼の上司がお姉さんの大学の同級生という縁があるらしい。
お姉さんからはスマホや電子機器に詳しくないと嘘を言ったと謝られてしまった。
それを知られると距離を置かれそうで嫌だったって、そんな理由であることが嬉しかったから、逆に謝られて申し訳なかった。
お詫びに何でもお願いを叶えると言われたから、今日のお姉さんは私のリクエストで白衣姿。
カッコいい。
一番上のお兄さんがホワイトボードを持ってきた。
会社にあると全然気にならないけど、普通の家のリビングにあると違和感と存在感がすごい。
リビングの机が端にやられて、全員が床で体育座りをしてホワイトボードを見上げているこの光景もすごい。
「この捜査に警察の協力は得られない。個人の力、リソース、金、コネを使って捜査することになる」
ストーカーの場合、実害がなければ警察は動いてくれない。
だから自分たちでどうにかするしかない。
いまはその「自分たち」に警察関係者が多いだけ。
お姉さんに会いにきた人が、「暇だから手伝いますね」って言っている人がサイバー犯罪課の人であるのは偶然。
利子さんの同僚や後輩が遊びにきて、「さっき」とか「いま」とかこの家の周辺で見聞きしたこと話しているけどあれは世間話。
一番上のお兄さんのご友人で、セキュリティ会社の社長さんという人はいまマンション購入を考えていて、これからうちのマンションの見学に行くそうだ。
商売柄セキュリティが気になるというので、守衛室をじっくり見学させてもらう予定だと一番上のお兄さんと話している。
三番目のお兄さんの部下二人は、今日はお休みで、これから友だちのお家に遊びに行くんだって。
そのお友だちの家がうちのマンションの六階というのは偶然。
「ハル、いまから友だちの家に遊びに行くっていう二人。お前のライバルが送り込んできた部下じゃないか?」
「もう寝返っているから大丈夫だよ」
お兄さんたちの会話が聞こえたらしく、その部下二人がキレイに敬礼して見せる。
「どんなことでもおまかせを」
「犬と呼んでください」
……寝返ったってレベルなの?




