第五章 叫びと祈りの果て
—声なき声、行き場なき望み、断絶された世界への問いかけ—
<無知>
カッコウは 何も知らない
そのままに
他の鳥の巣へ卵を置く
ヒナは 何も知らない
そのままに
他の卵とヒナを地に落とす
卵の中身は 何も知らない
そのままに
未熟な形で死んでいく
地に落ちたヒナは 何も知らない
そのままに
親鳥を求めて鳴き叫ぶ
親鳥は 何も知らない
そのままに
偽りのヒナに餌を運ぶ
少女は 何も知らない
そのままに
墓を作って墓標を立てる
墓標の数は
誰も知らない
* * *
<供物>
願いの言霊
預けた葉
色づき満ちる
錦堂
はらり落ちる
短冊の
枯葉と朽ちて
黄泉土壌
人夢
儚く
一夢過ぎて
覆い待てど
白雪来ず
踏まれ割れた
破片のハテは
うじ虫の餌か
母への供物
* * *
<無題>
ね
聞こえて
いますか
僕の
この声は
誰かの鼓膜を
ちゃんと
刺激して
いるのですか
礫が
重くて
腹を
ずって
歩くのですが
目が
悪いのか
何も
見えないので
さて
僕は
どこへ参れば
よろしいのでしょう
* * *
<家>
水分過多の分厚い雪に屋根は軋み
白蟻の餌と喰われた柱は細り
鼠の噛んだ配線は漏電も間近で
傷んで
痛んで
悼みを乞うて
君が家と呼んで微笑むソレは
淵にいる
見えないかい
聞こえないかい
視ないのかい
聴かないのかい
関心は
ないのかい
* * *
<正論の海>
正論
正義
保身の論議
巻かれ
負かされ
くるめられ
悔し
口惜し
空見れば
雲間に
明かりも
すでに失せ
秋雨
散り散り
どぶの中
流れ
流され
打ちのめされ
膿の
生みよ
海を前に
成せよ
成せばと
かもめの糞
――ああ、私は
君の正体に気づきたくないのだよ
* * *
<エンディング>
せまい
きゅうくつ
まわりは
はいすぺっく?
いいえ
わたしが
ろーすぺっく
うさぎのあなを
さがしまわり
ぼけつをみつけて
そこにはいる
それでもしょうじょは
しあわせでした
おしまい
――それは正しいエンディングですか?
* * *
<ラベル>
僕らは僕らだ
他の何者でもないのだから
比較は徒労
だけど
他人は比較で値を貼り付ける
そこに書いてあることが事実だなんてこと
僕らが一番知っている
ちぎれ
はぎれ
ぼくらは
ちりぢり
それでも
僕らは月に吠える
真実を探す
僕らの中の
真っ赤な答え
事実のレッテルを
真実の狼煙に変えて
* * *
<意志>
雨に呑まれた毒針が
汚泥の中で死者を刺し
爆ぜた虚が馬蹄呼ぶ
其は走馬灯か虎馬か
爛れた脳は膿みを蓄え
働かぬが故食うに及ばず
敵も的も血涙の餌
巣食う悪食が糸を持つ
傀儡人形舞い吠え倒れ
ただ憎悪の石を焼く
聖水正に焼け石に水
あの腕を焼き焦がすまで
この意志くれてやるわけにはいかぬ
* * *
<産声>
縛り解く刃物を夢見て
銀粉の森からさすらい出てきた産声が
内耳の薄い膜を食う
海馬をも壊して仕舞え
蔓も蔦も正体はそこにしかない
桜は燃えた
向日葵は狩られた
秋桜は埋められ
雪は降らぬ
殺され尽くして残った胤智を
狂ったふりをして護り鼓を打とう
腕が伸びれば
掬えるものもあるだろう
* * *
<福音>
帷が降りる
メシアの消失に
無言の月読は
子供の黒猫を抱く
鳴声の振動が
情景を割る
破片の上に血が落ちて
それでも尚
数多の天の恒星を見上げる
メシアなんて最初からいない
最後までいらない
この鼓動の音が
福音だ
* * *
<舞>
女がいた
言葉を交わせばすぐにそうと知れる、品格と教養を兼ね備えた乞食であった
貧困により衣といえば襤褸一つ
迫害により荷物といえば身が一つ
加齢により桃夭といえば彼女ではない
しかしこれは不幸にあらずと彼女は舞う
品性は金に先立ちまた金では買えぬ
知識は武に先立ちまた武では奪えぬ
これが財である我が身を幸と言わずに如何すると彼女は笑う
誰も私を奪えない
誰も私が私であることを止められない