第四章 異形と祝祭のパレード
—幻想、毒、皮肉、美しきものの裏側—
<記憶>
苦味の雫が墜ちて逝く
墨色インクに似たそれは
ガラスのカラフェに
綴じ籠めて
絡めて纏めて箱の中
鍵を掛けて閉じ込めて
重ねて見かねて蔵の中
錠前掛けて締め切って
ぽろり ぽろぽろ
オルゴールか幻聴か
カラフェの中身が魅惑を着込んで踊り出す
* * *
<愚者の行列>
爛れる甘味と溢れる酸味を吐き違え
唯縄を食い込ませ岩をずり不毛を行く
蜃気楼に吸われる足の生えた知恵が
そうとも知らずに戯言に値を付け売り歩く
冴えた口先が事実の傷を切り焼き
又懐柔を許さず呑みの幻惑を押し付ける
湧き出す冒涜とすり抜ける親切を下し違え
唯鎧を集め馬鹿に跨り街を行く
* * *
<黙示録>
空蝉が鳴く
黒い波が漂う
咆哮が夜をつんざき
星の膿に誠を埋めて奔り出す
木偶にウドを突き刺し
オリオンの矢で南十字へ屠る
血潮を琥珀に籠め
露葉を盃に盛り
真白の虚城へ
喰らわば喰らえ
饗宴に狂した蟲共の
満ちぬ月影への蠢きが
屍の眼窩に映らずとも
石英の森と銀河の鏡は
貴き様の奥を射る
* * *
<咒歌>
花弁を統べる滴を摘み行き
罪の果実のレプリカ転がし
褥に敷き詰め死と蜜に酔い
明日より過去に首を折る
手折らば手折れ
散る香は傷に
永らわば声の枯れるまで
* * *
<デザートテーブル>
林檎<アップルパイ>
知恵の実
悪の実
大罪の果実
桃<コンポート>
厄祓い
邪気払い
無垢の果実
酒<アイスワイン>
酔う君主
賄賂の盃
退廃の樽
珈琲<エスプレッソ>
覚醒の煙
啓蒙の香り
搾取の口実
茶<ダージリン>
結ばれる航路
招かれる戦
繁栄の影
* * *
<不純>
甘味には塩を
ガラスに気泡を
薔薇には棘を
美には毒を
少年に血を
少女に死を
スポイトで一滴
垂らしませう
* * *
<少女舞踏>
在りもしない五臓六腑と
餓鬼娘は踊る
刺繍<タウリン>に贅を
レエス<アミノ酸>に意を
フリル<ビタミンE>に花を
ドレス<抗うつ剤>に沢を
コルセット<咳止め>に匠を
ボンネット<頭痛薬>に冠を
ジャボタイ<胃薬>に黒曜を
チョーカー<睡眠薬>に柘榴を
嵒首揃えて夜を斬り
骨の血潮を浴びて寝る
閻魔は誰そ彼 少女は嗤う
天馬は黄昏 男の逝く
音と光の波形の先に
必然とそびえる奏手金腕
人美と称し賞し讃え
笑止千万嘲る娘
弱音正に二束三文
声音強く弥勒説法
堪らず黙と胃液を吐く
* * *
<家>
帰途に暗雲と雨
虹を信じている母親は
脳味噌に睡蓮を飼っている
襖の隙間を怒気が埋め
畳の縁は狂気に色づき
かつて飲み込んだ塊は
食道を駆け上がり
安全地帯は焦土と化して
酸を吐けば銃口が向き
鎮守の社は蛇の寝ぐらに取って代わられ
臭気に肌を粟立てたとて
微睡を妨げるわけにもいかぬのだろう
* * *
<蛆の産屋>
引き金は軽い
伊邪那美は簡単に黄泉還る
屑だ糞だと言霊五月蝿く
然して桃など蓬莱の枝の実でしかなく
細工師への賂も間に合わぬ
伊邪那岐は爪弾かれ
輝夜は月読に呑まれ
天照のかいなに漏れ出た葦は
泥に溺れ言霊を呪い
父の産屋を母の蛆が食い荒らす
* * *
<いろは唄>
染む桜燃えゆき
水仙に落ちたが
瑠璃の蕾は雛で
舟を漕げぬ
菖蒲よ、後ろへと回れ
そむさくらもえゆき
すいせんにおちたが
るりのつぼみはひなで
ふねをこげぬ
あやめよ、うしろへとまわれ