第三章 うつろいと寄る辺なさ
—時間、変容、揺れる自我と世界の間で—
<SOS>
桜の
小川に
せせらぎを
五月雨
御忍び
背な預け
蝉の
織りなす
セピア音
酒宴や
お月見
世俗を忘れ
染まった
落ち葉は
刹那色
雪原
奥山
炭を絶やさず
過ぎゆく
重みに
世界を見る
四季の
折々
雪月花
それらの
終わりを
信じることができますか
* * *
<仮面の少女>
濃霧に化けた鬼の牙
毒華と垂れた蛇の爪
虚言と断ずる羊飼い
枷と踊る仮面の少女は
地を這い血を吐き鎖を引きずり
酸に狂った供物を返し
暴かれることもない誤謬へと
滴る海を籠めて寝る
見破るのは唯狼一人
百合の手向がその答え
* * *
<慈悲の在処>
侘しき雨夜に人の語る
相敬愛し思慮深く
嘆き仰せど時遅く
贄抑えやらず手に余り
独楼籠りて口堅く
襤褸の御堂で耳塞ぎ
故に諸刃と成りぬれば
剣の錆へと朽ち行かむ
駆けよ欠けども翔けぬけよ
賭けよ架けれど懸けぬけよ
右の藍は賽を振り
諦念と共に馬蹄を聞く
端より花に翅はない
慈悲など微々すら男<ヒト>にはない
* * *
<交錯>
触れて切れるべくもなく
重たげに頭を垂れる柳は
人を驚かすよりも先にぼんやり眠る
遅咲きの十月桜にいちょうの黄色が色を差す
牡丹も菊も咲き乱れ狂い啼き
夜の岸辺に辿り着く
散った髪飾りは遠くに消えた
* * *
<冬の影>
硬雪の 陽により溶け逝く右頬を
崩さば別れ 生まれ出ずるは金平糖
方形結晶の乱反射
甘露の朧が雪原を膿む
白き真昼の夢が舞う
白磁の月、瑠璃の海原、紺碧の森
失われた歳月
ザラメを踏み砕き散らす
砂利と交じった菓子は氷のままでは居られず
玲瓏な記憶は戻らない
* * *
<憧憬>
せめぎ合った果てにある矛盾空洞
洞穴
孤高の終に狼が吠える
命を探して吠える
僕らの領分を通り越した
果てしない姿
暁に夢を視ても
山の頂上に光を見る
茜雲に終わりを見る
* * *
<永安夢>
月光に焼かれた胡蝶の鱗粉
水面をたゆたい沈澱し
焦がれて伸ばした真白の指に
慈雨と垂れた花の蜜
香に匂い立つ星雫
別離の川に渉り舟
永安夢に雲間に昇り
朝と待っては哀惜の空
* * *
<井の中の蛙>
大海を知る蛙は井の中を目指す
地上より低くとも
光が届かなくとも
一度堕ちて仕舞えば
外敵は居らず
浮力だけで漂い
感傷に浸れることを知っている
外の爽快さを覚えていてもなお
怠惰と憐憫を前にしては
この壁面を登る労力には値せぬ
荒波に疲れた蛙は井戸に住む
井の中の蛙は大海を知っている
***
<海氷>
荒波の鼓動に
叫びを吐いて
塩水をかぶりながら
水圧に手を伸ばす
呼吸は許されていない
井の中ですら潰れる
二足歩行の類人猿は
大海に溺れる所以がある
どうせなら
凍りついて仕舞えばいい
冷感と痛覚が混濁し
潮と血が凝固し
冷凍と死が交錯する
***
<輪>
とめどなく
宇宙を越える
玉雫の
輪廻
伝った
林檎は
青く、青く
籠の中
夢中になって
不細工な指を
伸ばす
輪舞
壊れた回転音盤が
鳴り出した
* * *
<生路>
生物の交配が遺伝子の実験場ならば
欠如及び過多は必然
人類尺度における優劣は
生物尺度における可能性であり
そこにおける平等を求めるならば
我々は分裂で増殖するより他にない
得手/不得手
長/短
どのような状況下でも数個体は生き残るよう
種の全滅を避けるため人類が選んだ術
だから僕は
苦手なことが多くて馬鹿にされようと
出来ないことが多くて怒られようと
それがいつか何かを生むと信じて
生きて行こう
ーーそう言い聞かせて
明日も、明後日も、
長い旅路を
行こう




