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霖極  作者: りら
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妖精戦記5

〜大好き!〜

 ユキは桜を模った髪飾りをその滑らかな銀髪からするりと外し、大切そうに握りしめ、こう言った。


「私さ、どうしてもちゃんと伝えたいことがあるのよね。お母さんに。」


 銀髪の少女は、少しだけ哀しげな表情を見せた。


「(…そうか。)」


 それに対し、キロンはオォア、と簡素な相槌一つで返す。




 …風がユキの銀髪を撫で、二人の間に妙な間が生じる。




「…聞かないの?」


 ジト目でこちらを()め付けながら、ユキが不満そうに口にした。


「(聞かねぇよ。)」


 キロンの更に素っ気ない返事に、ユキもまた更に口を尖らせた。


「あーもう、ほんっといじわるよね!」


 再度ぷりぷりと怒り始めるユキに、キロンはしわがれた声で、言葉を重ねた。


「(あのさ。)」


「何よ。」


 頬を膨らせるユキをチラリと見降ろし、その桜色の瞳と直ぐに視線を合わせる。


「(お前の気持ちはさ、多分だけどよ。ちゃんと届いてるぜ。オウチョウに行く度によ。)」


「はー、ホント馬鹿ね。」


 今度はユキに一蹴される。


「(あ゛あん!?)」


 困り顔でやれやれ、という仕草をするユキに、思わず食いかかってしまう。


 ユキの母のことについては、何となく察しがついていた。

 大体、変身すれば、分かってしまう。

 できねぇんだよな。隠し事とか、そういうの。


ーーぁったくおめぇはよ、


 そう言いかけた、その時だった。

 突然、ユキの胸部から斜めに大きく亀裂が走り、光が溢れ出してしまう。


「(あ!? ああぁ!!! ユキ!!!)」


 きらりと抜ける様な美しい音、ユキの短い悲鳴が聴こえた。


 一瞬、何が起こったのかが分からない。

 いや、信じたくない。

 まさか、違う、やめてくれ。


 オ゛ォア゛!! と醜い声で懇願する。


 受け容れては、もらえない。

 記憶は容赦なく、その時を鮮明に映し出した。



 『変身が、解けてしまった。

  よく見慣れた華奢な体から、魂が輝きとして溢れ出る。

  ひと目見て判る。取り返しのつかない量が、溢れ出る。』



 違う、違う!! 違う!!


「オ゛ア゛!」 


 そんなつもりはないのに、あの時と同じ、全てを恨み嘆くかの様な、醜い声音(こわね)の叫びがキロンの喉から溢れ出る。気付けば目の前には、二刀の刃を振り切った、例の仇の姿が在った。


「オ゛ォア゛!! オ゛オ゛ア゛アア゛ァァァァァア゛アアアアアア!!!!」


 悲痛にも似たキロンの咆哮と共に、記憶は例の光景に乗っ取られ、いつの間にかユキも自分も眺めの良い高台からあの場所に移動していた。

 あの時と同じ様に右の腕が失くなり、あの時と同じ様に左の手の平は真っ赤に染まっていた。そしてその上には、光を殆ど失い割れてしまった、ユキの勾玉が転がっていた。


「ア゛ァ゛ア゛ア゛!!!!」


 無我夢中でその腕にユキを抱え、気づけば同じ様に、同じ道を敗走している。


 やめろ、やめてくれ。

 違う、違うんだ。

 ユキからは何も奪わないでくれ!!


 残された魂気をユキの傷口に押し当て、体の奥底から飛ぶための魂気を絞り出す。


 くたりと全ての体重を預ける腕の中のユキが、既に全くの力を失ってしまっているのが判ってしまう。

 どんどん、軽くなっていくのを感じてしまう。 


「ア゛ア゛ァ!!」


 やめてくれ! 頼むから、やめてくれ。

 ユキからは、ユキからは奪わないでくれ!!!


 音より疾く流れてゆく景色の中、キロンは歯を食いしばり、顔を歪ませながら運命の神に嘆願することしかできなかった。

 二人の軌跡には、美しい光の筋が尾を引いていた。



 ユキがいてくれたから、俺は俺でいられた!

 ユキがいてくれたから、色の無い世界に光を知れた!

 ユキがいてくれたから、温かい気持ちの優しさを知れた!

 ユキがいてくれたから、ユキがいてくれたからーー!!


 俺が正しい魔でいられるのは、君がいるからだ!!



 片目しか映さなくなってしまったその視界と、思考の海とに彼女の笑顔と記憶とをありったけに吐き出しながら、持てる全ての力を振り絞って”いつもの場所”を目指す。

 気づけばあっという間に、”いつもの場所”に着いていた。


 本能のままに聖水の詰まった小瓶をありったけにかき集め、祈る様にユキの傷口にかけ続ける。

 奇跡が、奇跡が起こるはずなんだと信じ、ただひたすらに清らかな回復の水をかけ続けることしかできなかった。


 透明な水が、光の溢れ続ける胸の傷口に泉を形成し、血と混ざり合っていった。


「(大丈夫、もう大丈夫だよ。)」


 ユキに語りかける。

 ここには俺たち以外、誰も来られないから。

 己の魂を包む様に燃焼させ、ユキを優しく温める。



 夕陽が眩しく差し込み、いつもの切り立った崖の窪みを明るく照らし出していた。



「(大丈夫、もう大丈夫。)」


 亀裂から溢れ出る魂の量が減り、キロンの割れた左眼から滴る魂の輝きとは対照的に、だんだんとユキの輝きが薄くなってゆくのが分かる。


 あぁ、返事を、返事をしてくれ。


 温め続けているのに、腕の中のユキがどんどん冷たくなってゆくのを感じる。

 気づけばボロボロと涙が止まらない。


「(ユキ!! ユ゛キ…!!)」


 頼む…!! 頼むから……!!


 ピクリと、微かにユキの手が動いた様な、そんな気がした。


「…ィ…ロ………」


 消え入る様な微かな声で、ユキに名前を呼ばれる。


「(ユキ!!!!!)」


 思わず腕の中のユキの両手を握りしめる。

 再びボロボロと、涙が溢れ出る。


 良かった!! 戻ってきた!

 助かる、ユキが、助かる!!


「キ…ロ………?」


 ゴボゴボと音を立てながら、ユキが微かな声を振り絞る。


「(いい、喋らなくていい!!)」


 慌ててユキが喋ろうとするのを止め、不気味に釣り上がったその口で、目いっぱい優しく笑ってみせる。

 どういうわけか、涙が止まらない。


「……ぁ…り…がと…」


ーー何を…言っているんだ

 あまりにも苦しげな様子のユキに、首を左右に振ることしかできない。

 助かるんだから、いや、きっと、助けるから。

 握り締めた掌に、思わず力が込もる。


(いいんだ! 喋らなくて! 喋らなくて…)


「キ…ロ………」



「(ユキ……!!)」




「…大好き。」




 満面の笑みだった。






 ユキの魂が、消えた。



 目の前の出来事に、大地が、怨嗟の如き醜い咆哮が、夕刻の森を震わせた。



 歪み煌めく、ぐるぐると回る視界の中で、呆然と想いを馳せる。 

 あぁ、そうだ、何度も何度も、見た。

 なのに俺は、一度だって君を救えていない。


ーーあんなに楽しそうにしていたのに。

ーーあんなに、幸せだったのに。


 そうだ、あんなに楽しそうに喋っていた一面の星空だって、日曜に約束したオウチョウの桜並木だって、まだ一度だって見れちゃいない。





 ユキ、俺はさ、君をこの背に、あるかも分からないたくさんの星空を見に行きたかったんだ。


 ユキ、この世の全てから蔑まれた俺のことを、君が変えてくれたんだ。

 悪魔として生まれ堕ちた俺を、君が救い出してくれたんだ。


 ユキ、言葉では伝えられなかったけど…


  満開の桜みたいに笑う、君のことが、大好きだったんだ。







 「(ユ゛キ………)」



 …あんなに、楽しそうだったのに。

 そう、あんなに楽しそうだったのに。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 無数の斬撃にその身と魂を削られてゆく最中、腕の無いその悪魔は、じわり、じわりと最期の夜を滲ませた。


 静かに。ひた静かに桜の花弁が、ふわりひらりと舞い始めていた。







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