スパイスに魅惑
「人は愚かである。故に人は人であり、故に進化を止めた」
「喧嘩売ってんの?」
リヴァイアサンと入ったアイスクリーム屋で、アイスクリームを頼んだと思ったら今度はサラッと俺の事愚かとか言い始めた。
「アトーンメントの怪文書の第5章です」
「アトーンメントの怪文書?」
聞いた事のない本の名前に、ヴァルバラは首を傾げる。
異世界の聖書のものだろうか。こちらの世界と異世界には様々な聖書や福音書があり、それらには人の罪や神に関する言葉が記されており、特にこちらの世界で有名なのがマタイの福音書だ。
だが怪文書というワードにはあまり聞いたことがなかった。
そもそもアトーンメントと言う言葉も人物もあまり聞いたことがなかった。
「人はこの怪文書を特級異物として扱っているらしいですが、異界のものか、こちらの世界のものか、そもそもいつ作られたものかすら分かっていないそうです」
「へー」
「ちなみにこちらがアトーンメントの怪文書です」
「フォワッタァッ!?!?」
俺は驚きのあまりバランスを崩し、そのまま椅子ごと後ろに倒れた。
特級異物。
この世ならざる異界の物。故に異物。
その全てはとても生物に理解できるものではなく、その危険度で4段階に別れており、最も危険な特級異物ともなれば、読めば確実に発狂後、自死する事になり、またそこにあるだけでも発狂した後に自死するものも少なくない。
逆に読んだり近くにあっても人体に何も影響がない異物の方が少ない。
「大丈夫ですよ。これはそのコピー、私が書き写したものです」
「お、驚かせんじゃねぇよ。つかそんなもん俺に聞かせて何がしてぇんだよ」
俺は立ち上がり、椅子を戻して再び椅子に座り、店員が持ってきたチョコレートアイスを食べる。
甘く冷たいアイスクリームの小さな塊を舌で転がし、舌の中で甘い甘味が広がり、次第にその甘味は消えていく。
「····················この世に生きる者達は時に私を神と崇め、時に厄災として私に挑んできました」
「で?」
「アトーンメントの怪文書第1章、人は神を崇め、時に神を欲する」
「俺にわかるように言ってくれ」
「あなたは私を殺し、英雄となるか。それとも神として崇めますか?」
少しだけ、リヴァイアサンの紅い瞳がまるで獣のように鋭く、そして紅く光ったように見えた。
「とりあえず飯を作ってもらう」
「·························?」
リヴァイアサンは目をぱちくりさせてキョトンと首を傾げた。
「そんでもって朝リヴァイアサンが俺の事を起こして、何気ない話をして、のんびり過ごして一日が終わって、一緒のベットに寝る。まぁそんで子供作って···············」
「何の話ですか?」
「何って万に一つでもお前が俺の嫁になったらの話」
「私が貴方の嫁····················?」
「いやいや、俺お前のせいで世間ではリヴァイアサンの夫になってんだけど?」
「あ」
「おま、お前ぇッ!お前のせいで俺神を孕ませた冒涜者として神職の奴らに目付けられてんだぞ!?そ、それを忘れるって···············」
まるで今の今まで忘れていたかのような反応。まじでかこいつ。
「···································」
───陸を歩きたい?なりません、貴方は海の母神。海を離れることは許されません
───人を見たい?なりません。貴方は人々から崇められる存在。そう易々と姿を見せることは許されないのです
───陸の食べ物を食べたい?なりません。貴方が口にしていいのは常に命でなければなりません。それが"神"なのですから
───結婚ですか?恐れ多い。貴方と共に歩むこと、それを許される者などそれこそ貴方と同等の地位である神くらいなものです
───貴方は神です。神である以上、神として生き続けるしかないのです
海は暗くて、冷たくて、何も無い。
皆そこにあるだけの私を見て、祈って、それだけ。
皆同じ言葉ばかり。『恐れ多い』『見るだけで』『祈るだけで』『そこに居るだけで』そればかり。
皆が求めているのは神に使えている自分という事実。
自分に都合のいい希望。
つまらない。つまらない。つまらない。
私はずっとこの暗くて、冷たくて、何も無い、海という檻から出られない。
それを海が許さない。
海の神である私を縛るのも、また海だった。
『結婚どころか即ベットに連れてっちゃうよ』
「····················どうやって食べようかしら」
「·························」
ぶわりと俺の全ての毛穴から嫌な汗が溢れた。
え、やばい流石に調子のっちまったか?相手は腐っても海の母神、海そのもの。
ヤバいヤバい、リヴァイアサンが本気になれば俺なんてあっという間に踊り食いよ。0.1秒後には胃の中には丸呑みもののエロ同人誌並に抵抗も虚しくゴクリだよ。
「アイスクリーム」
「へぁ?」
「どうかしたの?変な声出して」
首を傾げるリヴァイアサン。
どうやら完全に勘違いしてしまっていたらしい。
だとしても
(心臓にわっるッ!!)
未だ激しく鼓動し続ける心臓に、ホッと安心した。
しかし、いつの間にか目の前に逆さまに浮かびながら、ヴァルバラの心を見透かしたような笑を浮かべながら、そっと頬を撫でた。
「安心してください、貴方を食べるのは最後にしてあげます。私は好きな物は最後に取っておく派なので」
綺麗な三日月のような笑みを浮かべ、瞳が紅く妖しく輝。
「あ、ありがとうございます···············」
遠分心臓の鼓動が収まりそうもない




