元師匠
国打ち
お互いの国の王が代表した闘争者を選び、戦わせる。
勝った方は要求し、負けた方は奪われる。
今宵国打ちとして代表に選ばれたのは『血染めの鬼面』と呼ばれ武者だった。
その武者の武勇は国々に伝わり、またその武勇にた違わぬ力を持つ武者。
五十七度の戦に参戦し、その戦いぶりは正に鬼の何ふさわしい。
自ら敵陣のど真ん中に突っ込みながら、敵を殺し、矢で、鉛で体を撃ち抜かれながら、その足は止まらず、刃で体を斬り裂こうとも闘争心は衰えず、その十字槍で敵をなぎ払い、返り血と自身の血を戦場に滴らせながら戦う姿は正に鬼。
決して倒れず、決して殺すのを止めず、敵も味方も見境がなく、目の前の生物を殲滅し尽くすまでその武者は止まらない。
鬼の国ではこの武者を『鬼武者』と呼ぶ。
「ギャハハハハハハッ!」
鬼武者は戦場を求め、血を求める。
十字槍を振り回し、今日も血を求めて敵を殲滅する。
大地を抉り、壁を破壊する。
「相変わらず馬鹿げた力だ、なッ!」
ヴァルバラの拳が長可の頭を撃ち抜く。
首が吹き飛んだかと思わせる一撃に、ブシュッと壊れた蛇口のように血が宙を舞う。
しかし、長可は笑みは消さず、その痛みすら闘争の場において戦いを楽しむ為のスパイスにする。
眉間から血を垂れ流しながら左腕でヴァルバラを殴り飛ばす。
まるでバスケットボールのように地面に叩きつけられ、そのままバウンドしながら周りを囲む岩の壁に叩きつけられ、周りには砂埃がまい、ヴァルバラの姿を隠す。
「ギャハハッ!きいたぜ!!」
「ならちっとは痛がれよ」
舞いちった砂埃の中からヴァルバラは何事も無かったこのように歩いて姿を見せる。
「槍術『竜巻』ッ!」
次の瞬間、長可は十字檜をヴァルバラに向かってぶん投げた。
投げられた十字槍は風をまとい、高速で回転しながらこちらに真っ直ぐ向かって来る。
「風霧【乱】」
しかし、ヴァルバラは向かってくる十字槍の勢いを殺すことなく、そのまま90度に角度をずらす。
軌道がズレた十字槍はそのまま壁に巨大なクレーターを作り、深くめり込む。
そして長可は十字槍を手放そうとも、そのままヴァルバラに突っ込む。
「死ねやぁッ!」
「相変わらず動きが馬鹿正直だな。教えただろ、相手をもっと欺けって」
「っ!?」
「一本背負い【滝落とし】」
しかし、ヴァルバラは長可の手首を掴むと、柔道の投げ技である【一本背負い】で向かってくる勢いを利用し、そのまま地面に叩きつけた。
投げ技は表面の激しい痛みよりも、中身に響くような痛みが、体に響く。
故に、どれだけ頑丈な長可でも、体の内部に響く痛みが、内臓がひっくりかえったような吐き気と衝撃が長可を襲う。
「がッ!」
だが、長可はその吐き気や痛みなど気にすることかとそのまま立ち上がり、ヴァルバラに体当たりを仕掛ける。
「ッ!相変わらず頑丈だ、なっ!」
しかし、ヴァルバラはそのまま長可の腹に膝蹴りを入れる。
「ごェッ!かヒューッ!かヒューッ!散々師匠に鍛えられたからなぁッ!!」
長可は口から血を吐き、未だ体の中に残り続ける痛みに耐えながらもヴァルバラを軽々と持ち上げて、そのままぶん投げる。
まるで子供が玩具を投げるような、力任せの投げにヴァルバラの体は空中で幾度も回転し、受身を摂ることも出来ずに身が跳ねるほどの勢いで地面に叩きつけられ意識が一瞬だけ飛ばす。
長可はその瞬間に合わせて追撃の蹴りでさらに勢いよくヴァルバラを飛ばし、まるでサッカーボールのように壁まで吹き飛ばす。
「あぁーー、キモじわりぃ。相変わらず師匠の技は効くぜクッソが」
そう言いながら壁に刺さった十字槍を引き抜く。
「ぶっ殺す」
数十年を共に生きた恩師に対し長可が向けたのは敬意でも、尊敬でも、恩でもなく、ましてや悲しみなどでもない。
確かな殺意と殺気。
「奥義【鬼宿し】」
次の瞬間、長可の様子が一変する。
仮面から覗かせる瞳は黒く狂気で満たされ、理性が破壊され、呼吸が荒くなり、身体中の筋肉が活発化されていく。
「フゥッ!フゥッ!ギャハハッ!死ねぇ!!」
「大外刈り【浮】」
「───ッ!」
長可が動き出す1歩手前でヴァルバラが先手を打つ。
長可の首と肘を掴んで自身の胸に寄せると、長可の右足をひっかけて向かってくる力そのままに浮かせる。
そして首を掴んでいる手に力を込め、そのまま地面に叩きつける。
「槍術【乱風】」
しかし、手に力を入れた直後、無数の真空の刃がヴァルバラを襲う。
ヴァルバラは反射的に真空の刃をガントレットを付けている部分で防ぐが、1歩間に合わず、腹を深く抉られた。
「ギャハハッ!血が大量に出てるぜ。早く止めねぇと死ぬぜ!」
「ハッ、この程度で死ねたら俺の人生はもう少し楽できたよ」
やっぱりこいつにガントレットはほぼ意味が無い。
そもそも今のこいつにガントレットを選んだのは失敗だったな。
仕方ない、フル装備するか。
「【黒兜】」
俺のフル装備、黒兜。
極東の装備である鎧甲冑を元にして創った、鬼を思わせる鎧兜だ。
俺の背丈くらいはありそうな金棒を背負い、鎧甲冑からは禍々しくドス黒い殺意にも近いオーラが纏わり付く。
「死ねや、長可」
「おう、殺してくれよ師匠」
長可とヴァルバラが同時に動いた。
「鋼牙流【奈落・殴】」
ヴァルバラは長可の胴甲と二の腕をつかみ、背負い投げで投げ、長可の頭が地面で激突する寸前で投げを解き、そのまま長可の鳩尾を肘で殴る。
骨が折れる音と臓器がちぎれる音がした。
しかし、長可は殴られた直後、ヴァルバラの腹に十字槍を突き刺す。
「ゴハッ!」
「ごふっ」
お互い臓器の負傷により吐血する。
「さっさと死ねッ!」
「あぁ、殺してくれよッ!」
戦闘続行に異常なし。
【鬼宿し】による脳内に大量のアドレナリン分泌により今の長可は痛覚が麻痺し、身体能力が異常なまでに引き上げられる。
故に今の長可は例え腸を引きずり出されようと、両手足を切り落とされようと、それこそ心臓を潰されようと向かってくる殺戮マシーンとなっている。
顔を潰し、肉を潰し、内蔵を潰し、血をぶちまけ、骨を砕き、殺し合う姿はまるでケダモノ。
「ガッ··········アァッ!」
長可が膝を付き、異常なほどの血を口から垂れ流す。
ヴァルバラは長可が動きを止めた一瞬の隙をつき、首を掴む。
「ハッ········か、かひっ!」
そしてそのまま長可を壁の向こうまでぶん投げた。
(あぁ、死ぬのか。俺は···············)
壁に叩きつけられ、地面に転がる森長可。
死が目の前にある。
かつて死にぞこなったあの日から、やっと再び見つけることのできた死場所。
いつだって目の前に死はあった。
だがその死が現れるのはいつも一瞬で、目の前に現れたと思ったら消えるものだった。その死が今自分の魂を握っていた。
死が師匠の形をして立っている。
「ヴァルバラアアアァァァアアッ!!!」
「長可いいいいぃぃぃいいッ!!!」
お互いの全力の一撃。
長可の十字槍はヴァルバラの頬をかすめ、ヴァルバラの金棒は長可の腹部を潰していた。
夥しい量の血が飛び散り、垂れ流れる。潰れた腹部から臓器が零れ落ち、十字槍が力無く地面に落ちる。
「ありがとよ」
血を口から垂れ流しながら、内臓を潰され、肉も骨も砕けた耐え難い激痛の嵐の中、死の寸前に発した長可の言葉は感謝だった。
そしてその顔からは痛みや憎しみなどの感情はなく、とても幸せそうな顔だった。
「うるせぇ、馬鹿弟子」
ヴァルバラはそう言って長可の首を脇差ではねた
昔、異世界から、様々な時代の猛者達が召喚された。
そして皆、その者達は死に場所を探した。
それはまるで、自分の故郷に帰りたがるように。
「地獄が俺の故郷だ」
そう言ってまた一人、異世界から来た者は笑って消えた




