迅速の騎兵隊
みんな気持ちは浮かれながらも、やはり、目の前に迫った危機に不安を感じていた。
明るい気持ちを人は求める。そして同時に不安も感じる。明るさと不安を同時に保つことが出来る、それが人間だ。
ベルーナ帝国に侵略されるという危機。
誰もがまったく想像していなかった。
ベルーナ帝国に立ち向かった自警団。確かに、自警団は大善戦をした。
しかし、これで相手が本気を出してくる。
どう出てくるかも、読めない。
ただ、いつ攻められるのかという不安が居座り続けるだけだ。
大丈夫、という言葉を思い浮かべ、飲み込んで、しまってしまう。最後には不安が勝つ。
表向き穏やかな祝勝会の影に、不安が募っていた。
明るい太陽を防ぐ家によって作られる、影のような不安。
いつか、全てを破壊する童話の魔物のような不安。
皆、ルーベルが帰ってくるのを待っている。彼が到着しないと状況はわからない。
ルシルは建物を出て、街の入り口、破壊された大門の元へ向かった。
フォージがいるはずだ。そして、ルーベルが帰ってくると思われる場所である。
歩いていると、一時避難をしていた住民たちに好奇の目で見られた。
住民はまだ事態の深刻さを認識していない。
自警団が街を守ってくれたという認識だけである。
「あれ、ルシルさんだわ!」
街の娘が声を上げた。
三人組の女の子が建物の間を歩いていくルシルを見ている。
「やっぱり、近くで見ると恰好良いよね……」
「うん、あの金の髪もいいけど、緑の眼が優しいのよね……」
「服装に嫌味が無くて良いわ……趣味が良いわ……」
「守ってくれたお礼をするべきかしら?」
「緊張しちゃって喋れないよ」
「ありがとうくらい言わないと!」
三人組はルシルの先にすっと歩いて移動した。
「あの、ルシルさん!」
娘の一人が声を出した。
「え?びっくりした!こんにちは。どうしたの?」
「えっと、守ってくれて、ありがとうございます……」
娘がおずおずと答えた。
「お礼なんて……。巻き込んでしまって、すまない……」
ルシルは娘たちの予想を裏切り、謝った。
「巻き込まれたなんて思っていません。ルシルさん、これからもこの街をよろしくお願いします」
「(上手く喋れるじゃない……!)」
「(抜け駆けだわ!)」
「ありがとう。出来ることをするよ。君たちも気を付けて」
ルシルは少し笑顔になり、
笑顔に見惚れている三人組を通過し、大門へと歩き出した。
とても素直にお礼を言われてしまった。ルシルは巻き込んでしまって、申し訳なく思った。
真っすぐに歩いていくルシル。
空気が静かだ。攻められたことが嘘であったかのように。
嘘であったら、どれだけ良かっただろうか。しかし、ベルーナ帝国は牙を剝いてきた。これが現実だ。
城壁の上にフォージがいるはずだ……。
ルシルはフォージと深く話すべきだと思った。フォージは勇敢に戦ってくれた。
ドラゴンとはいえ無敵ではない。そもそもフォージは弱っており、癒えない傷もあるのだ……。
弓矢だって、きっと痛いはずだ。弓兵隊の前にフォージを晒してしまった。
みんなの力も勿論だが、フォージの力が無ければこの勝利はなかった。
ルシルにはフォージにとても懐かれている理由がわからなかった。
確かにルシルはフォージに手当てをした。
だが、そのまま飛んでいってしまうのが普通だ。人間を嫌いになるはずだ。
でも、相棒のように傍にいてくれる。
フォージは優しいドラゴンだ。
恩を感じてくれたのだろうか……?
気にすることはないのに。
そんなことを思いながら歩いていくと、破壊された大門、街の入り口までたどり着いた。
自警団が入り口の整理をしたので、今は元通りの光景になっている。地にこびりついた血と破壊された大門以外は。
日が暮れそうだ。ルーベルの姿は見えない。必死に馬で走ってくれているのだろうか。
見張りの自警団員たちと、フォージの姿が見える。
「フォージ!」
門の下からルシルは城壁の上に呼び掛けた。
フォージはそれに気が付くと、バサリと飛んで、ルシルの傍に降り立った。
「フォージ、ありがとう。本当に助かったよ。傷は痛む?」
「大丈夫」
「フォージがいなかったら、危なかった。……危険を冒してまで、どうして戦ってくれる?」
「お前が望むのならば」
フォージはぐるると喉を鳴らした。
「ルシルよ」
「どうした?」
「私たちは、友達か?」
それを聞いてルシルは穏やかに笑った。
「僕はそう思っている」
「そうか……」
フォージは天空を見た。
「人間が嫌いだった。しかし、初めて友達が出来た……初めて。お前のために戦う。
ドラゴンは本来もっと強い生き物だ。私は弱ってしまい、強いドラゴンのようには戦えない……
しかし、お前のために命を懸けよう」
「命を懸けるなんて言わないでくれ。フォージは自由にどこへでも飛んで行っていいんだ」
「……予感がする。それまでは、お前の傍にいる」
「予感?」
「……なんでもない」
フォージは黙った。
ベルーナ帝国とは再び戦うことになる。フォージはベルーナ帝国の強大さを聞いていた。
大きい者が勝つ。強いものが勝つ。自然の摂理。
ベルーナ帝国にレテシア国が踏みつぶされる未来が見える。
無情に破れる未来が見える。
フォージは、弱ってしまった身ながら、人間よりは圧倒的に強い。
その力を持って、友を助けると決意した。破滅の未来を回避する。ベルーナ帝国に立ち向かう。
しかし、フォージは死の予兆を感じていた。
ルシルを守らなければならない。
そのために命を懸ける瞬間が来る気がしていた。
ルシルはフォージの予感というのがわからなかった。
ドラゴンの勘なのだろうか。人間の勘より鋭そうだ。
その時、馬の足音が聞こえた。
ルシルはハッと壊れた大門から外を見た。
金髪のルーベルがいる。馬に乗っている。
それだけではなかった。
ルーベルの後ろに多数の騎馬部隊が並んでいた。ルシルに見覚えは無かった。
「ルシルさん!ご無事でしたか!」
ルーベルは急いでルシルに近づいてきた。馬を使い慣れている。
「ベルーナ帝国を追い返したよ。よく急いできてくれた。この騎馬部隊は?」
ルシルが騎馬部隊の方を見た。
「自警団だけで!?それは、凄い……こ、この騎馬部隊は本都の応援です。カーラ将軍の部隊です」
ルーベルがしどろもどろ言った。
一人の女性が前に出てきた。
「初めまして、レテシア国本都の将軍、カーラです。そのドラゴン……竜騎士のルシルさんですね」
カーラの長い黒髪が揺れている。深く黒い瞳がルシルを見つめている。甲冑は白い。腰につけた剣が長い。
将軍という肩書もあるが、雰囲気が只物ではない。剣を抜かれたら勝てるだろうか、とルシルは考えた。
「詳しい話をしましょう。遅れて申し訳ない」
カーラは謝った。
「いえ、心強いです。街の中で話をしましょう」
ルシルは騎馬部隊を案内するように街へと先導した。