勇気の誓い
ベルーナ帝国にて。
バラージが鎮座する玉座のある城にて。
レテシア国の侵攻に失敗した兵士達が、城に続々と帰ってきた。
城の中にいたジャコンは、兵士達が帰ってきたと聞いて、疑問に思った。
帰ってくるのが早すぎはしないか?
何かの予兆を感じつつも、ジャコンは帰ってきた兵士達の元へと向かった。
執務室を出て左に曲がり、赤い絨毯の階段をやや急ぎ気味に下りる。
階段を降りて右側に街へと繋がる道がある。
その道から帰還した兵士たちは入ってきて、中央の広場に集まっている。
兵士達の表情に怯えが見える。
兵士の一人にジャコンは接近し、尋ねた。
「レテシア国への侵攻はどうなったのだ?何故こんなに早く帰ってきた?」
ジャコンは嫌な予感を感じていた。
兵士達の様子が普通ではない。
「レ、レテシア国の本都に向かう途中に……」
兵士はたどたどしく喋る。
「ドラゴンに襲われて……ドラゴンとレテシア国部隊の戦いで隊長は死亡し……」
兵士は黙ってしまった。
「まさか、それで逃げ帰ってきたというのか?敵に負けたと?」
ジャコンは物凄い剣幕だ。
「は、はい……」
兵士は怯えている。
「馬鹿野郎!」
ジャコンは兵士の顔を殴った。
「逃げ帰ってきた?冗談じゃない!馬鹿じゃないのかお前たちは!たかがレテシア国ごときに負けてどうするんだ!
私の立場はどうなる?役立たずが!死ぬまで戦え!」
ジャコンは激怒している。
ドラゴン?あんな弱小国に……。
兵士の顔を殴りながら、ジャコンはハッとした。
立場……。
バラージにどう説明する?
隠し通せるとは思えない。
侵攻に失敗しました、などと……。
言えるわけがない。
侵攻の手筈を整えたのはジャコンだ。
バラージに殺されてしまう。
ジャコンは頭を回転させた。
逃げるか……?
いや、逃げてしまっては、折角ここまで築いた自分の地位が無駄になる。
逃亡が成功する可能性もわからない。
そうだ、レテシア国から侵攻されて、兵士たちが傷ついたことにしよう。
先に手を出したのはレテシア国だと。
悪のドラゴンが現れたと。
最悪の場合……バラージは毒殺してしまえば良い。食事係に罪を着せよう。
そして王が不在の中、レテシア国に対抗する正義の軍隊としてジャコンが指揮を執る。
ジャコンは冷や汗をかきながらニヤリと笑った。
私は優秀な人間なのだ。他の人間より優れている。
私は必要な人間なのだ。こんな所で死んでたまるものか……。
「乾杯!」
街の中にある、自警団の煉瓦造りの建物の中。
戦いを終えた自警団のメンバーと、戦わなかった者も集まっている。
祝勝会である。ルーベルはまだ戻っていない。
人がたくさんいて、若干窮屈である。
机がたくさん並び、美味しそうな食事が並べられている。
リーンがその食事の前に立っていた。
しかし、リーンは手を付けようとしない。
背中の雰囲気が暗い。
少し離れた位置で食事に手を伸ばしていたゴルドがリーンに気付いた。
普通ではない雰囲気に気がついて、ゴルドをリーンの元へ向かった。
「リーン、食べないのか?」
リーンの背中に声をかける。
リーンはゴルドの方を振り返った。
リーンは泣いている。
「おいおい、どうしたんだ?大丈夫か?」
「私、食べる権利がない」
「……戦わなかったから?」
「……うん」
リーンは俯きながら思った。
自分はろくに戦えないけど、何かみんなの役に立てたかもしれない。
レイアはあんなに勇敢なのに私は……。
いつもそうだ。
みんなは優しくしてくれるけど、自分は役に立てない。
ほんの少しの勇気があれば、今日少しは役に立てたかもしれない。
臆病者だ。
自警団を辞めたほうがいいのかもしれない。
みんなといるのは楽しい。
でも、きっと次の戦いでも自分は恐怖に負けてしまうだろう。
住民と一緒に逃げていただけ。
みんな、ごめんなさい。
「お前は……自分に出来ることをやっている」
ゴルドは諭し始めた。
「戦えない代わりに、住民の避難を手伝った。戦わなかったのは、お前だけじゃない。
お前は必要な仕事をしたんだ。前線だけが戦いじゃないんだ。
全てのピースがハマって、やっと戦えるんだ。お前は自分を恥じる必要はないぜ」
ゴルドは、もう失うのは御免だ、という言葉は飲み込んだ。
「……ありがとう」
リーンは涙を拭いながら話を聞いていた。
「礼なんかいいんだよ。ほら、さっさと食えよ。俺は食べるぜ」
ゴルドは机の上の料理を皿に盛りつけて、リーンに渡した。
リーンはそれをおずおずと受け取りながら思った。
ゴルドは優しいとリーンは思った。
リーンは自警団の仲間たちが大好きだ。
次……。
もし勇気が必要が時が来たなら。
絶対に逃げない。
絶対に逃げないで立ち向かう。
リーンは、そう心に誓った。
ヒュンフは祝勝会場で椅子に座り、黙々と酒を飲んでいる。
一体何杯飲んでるのか不明である。
ヒュンフはいつも一人で酒を飲むが、この日は事情が違った。
敵指揮官を仕留めたので、周りの自警団員達が自分を見ているのが気になる。
「やりづらい……」
ヒュンフは溜息をついた。
やれやれといった様子で酒を飲んでいると、ゴルドとリーンがやってきた。
「飲んでるな。敵指揮官を打ち取ったのはお前だって?」
ゴルドはヒュンフの隣の椅子に座った。木製だ。
「そうだな」
別に特別なことでもないように軽く言うと、リーンの方を見た。
リーンは少しビクりとした。
負い目があるかのようなリーンの態度をヒュンフは観察していた。
「住民の避難を手伝っていたんだって?」
ヒュンフがリーンに尋ねた。表情は無表情のままである。
「うん……」
リーンがおずおずと答えた。
「いい働きだな」
「え?」
「お前にしてはな」
ヒュンフは早口で修正した。
「照れ隠ししやがった。な?みんなもお前の事は認めてんだ。安心しろ」
ゴルドがリーンの髪をくしゃくしゃと撫でた。
リーンは嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちで半々だった。
「酒が美味い」
ヒュンフはまた飲み始めた。
「お前、何杯目だ……」
ゴルドは呆れている。
「今くらい、いいだろう……」
一気に飲み干した。