初撃防衛の自警団
第二章 竜の英雄
「防衛成功だ!!」
レテシア国の防衛に成功したルシル達。
逃げていく敵兵を見ながら、自警団達は安堵した。
戦いに勝ったのだ。被害もほとんど無く。
ルシルはフォージを城壁の上に乗せ、背中から降りた。
弓矢がいくつか刺さっている。
刺さった矢を丁寧に抜いてやった。
「ごめんよ……」
ルシルはフォージに詫びた。
フォージは頭を左右に振った。気にしていないようだ。
フォージにはかなり無理をさせてしまった。
「今傷薬を塗るから」
ルシルは腰に下げた革袋から傷薬を取り出した。
そこにヒュンフが歩いてきた。
「勝ったな」
ヒュンフはフォージを横目に言った。いつも冷めた表情だ。
「おそらく、第二陣が近い日にやってくる。だが、ルーベルが本都に報告して、
戻ってくる余裕はたっぷりあると思う。本都がどういう決断を下すかわからないけど、
僕たちは出来ることをやった」
ルシルが傷薬を塗りながら語った。
ヒュンフは頷いた。
「一撃で敵の指揮官を……」
「俺たちには真似できないな……」
弓兵部隊は騒いでいる。
ヒュンフは友達が弓と言えるほど、弓に触っている。
彼は冷めている。
嫌いな言葉は「絆」。
誰かを深く信頼することも無ければ、愛することもない。
唯一、幼馴染のルシルと仲が良い程度だ。
戦場で背中を誰かに預けることもない。
信頼する必要も無ければ、信頼もされたくない。
国が平和ならそれで良い。
彼は、ルシルの頼み事を断ったことがないが、
ルシルに対して甘いことを自覚していない。
「撤収するのか?」
ヒュンフは弓兵隊の騒ぎ声を耳に入れながら聞いた。
「撤収しよう。見張りにはついていてもらって、勝利を祝おう。
ルーベルが来てくれるまで、まだ時間がかかるだろうから」
「了解」
ヒュンフは下に向かう階段の方に向かっていった。
ルシルはヒュンフを見送った。フォージにも傷薬を塗り終えた。
「ありがとう、フォージ」
ルシルは心からお礼を言った。
フォージはこくりと頷いた。重症ではない。
「みんな、本当にお疲れ様!城壁を下りよう!」
ルシルは城壁の上の弓兵たちに近づいた。
「やりましたね、団長」
自警団の団員が声をかけてくれる。
「みんなのおかげでね」
ルシルは笑顔で返事をした。
弓兵達が撤収をする準備をし始めた。
ルシルは階段の方へ向かい、階段を下りてレイアの投石器部隊の所に向かった。
自分一人の階段を早足で下りていくと、レイア達の姿が見えた。
「ルシル!」
レイアがルシルの元に駆け寄ってきた。
「レイア、ただいま」
「怪我はありませんか?」
レイアは心配そうにしている。
「大丈夫。みんなのおかげだ」
「心配したんですよ」
「ごめん。でも、何とかやりきったよ。弓兵隊は撤収し始めている。
投石器部隊も撤収しよう。後で、レイアと二人で話がしたい」
「はい」
レイアは笑顔になった。
「ここは任せてください。ルシルはゴルドのところへ」
「ありがとう。歩兵部隊のところに行ってくるよ」
レイアの笑顔を見て、ルシルも笑顔になった。
いつでもそうなのだ。
レイアの笑顔はルシルを幸せにしてくれる。
初めて笑顔を見たときに驚いた。
こんな幸せそうに笑う人がいるのかと。
それ以来、ルシルはレイアの笑顔を見るのが好きだった。
可憐で、勇気のあるレイア。
二人きりになったら、しっかりと話がしたい。
ルシルはゴルドのところに向かうべく、レイアに背を向けて階段を降り始めた。
階段を下りていくと、破壊された大門の近くに歩兵部隊が集まっていた。
「団長!」
歩兵部隊が続々とルシルの元へ駆け寄ってきた。
「やりましたね!」
「みんなよく頑張ってくれたね。ありがとう」
そこへゴルドが歩いてきた。
「ゴルド」
「やったなルシル。大門を破壊された時はひやひやしたが、撤退してくれたな。
俺たちの勝利だ」
ゴルドはルシルの肩を強く叩いた。
「そうだね。ゴルドには危ない役目を任せてすまなかった……」
「いいんだよ」
ゴルドは笑った。
「弓兵部隊が撤収しだしているな。俺たちも帰るのか?」
「うん。見張りの人員をつけて、残りは街に帰ろう」
「それでしたら、我々が見張りにつきます」
歩兵部隊の数人が申し出てきた。
「ありがとう。異常があったらすぐに知らせてほしい」
「レイアにはちゃんと会いにいったのか?」
ゴルドは微笑みながら聞いた。
「いったよ。後でゆっくり話がしたい」
ルシルは笑顔だ。
「そうだな。一難去ったんだから……」
「本当によかった。さあ、みんな、帰ろう!」
城塞都市の中の酒場。
茶色い木造の建物の一室にて。
ルシルとレイアが向かい合っている。
「レイア、本当に無事でよかった」
ルシルを優しい目をしている。
「はい……約束通り帰ってきてくれましたね」
レイアも優しい表情をしている。
「あの、この指輪……」
レイアはルシルから貰った指輪を取り出した。
「つけても、いいですか?」
レイアは恥ずかしそうにしている。
「うん。つけてほしい」
ルシルは頷いた。
レイアは左手の薬指に指輪をつけようとしたが、
恥ずかしくなって中指に変更した。
指輪はレイアの指にぴったりだった。
「綺麗……ありがとう、ルシル」
「似合っているよ。僕の方こそありがとう」
「お礼を言われることは……私は何も……」
「君は僕に勇気をくれたんだ」
「勇気……?」
「ベルーナ帝国に、最初時間稼ぎを出来るかわからなかった。
でも、君は勇敢に立ち向かうことを決めた。戦う直前、君の顔が浮かんだ……
少しは怖かった。それでも戦えたのは、みんなと君のおかげだ」
ルシルはレイアの手を握った。
レイアはルシルの手を握り返しながら言った。
「私も怖かったわ。でも、国を守れてよかった」
本当はとても臆病だ、という言葉はレイアは飲み込んだ。
弱みを見せたくない。しかし理解してもらいたい。
二つの複雑な気持ちが交じり合っている。
「きっと、戦いはまだ終わらないのでしょうね。逃げ帰った兵士達がベルーナ帝国に報告しにいくのでしょう。
また戦いが始まるわ。だから、今のうちだけ……ルシルと話がしていたいわ」
「そうだね。今だけ……。僕の生まれ故郷に、とても美しい場所があるんだ。
戦いが終わったら、一緒に見に行ってほしい」
「勝手に釣りとか始めないでくださいね?」
レイアは微笑んでいる。
「君も一緒にやればいい」
ルシルは笑った。
二人の小さな笑い声が部屋に響く。
ルシルはレイアにキスをした。
レイアの頬が赤くなる。
「私でいいのですか?」
「君じゃなきゃだめだ」
「嬉しい」
レイアは目を閉じた。
生まれてきてよかった。
こんなにも幸せに包まれている。
温かい。
人はこんなにも幸せになれるものなのか。
ずっとこの気持ちでいたい。
この幸せを守りたい。
「ルシル、また戦うことになるのでしょう?」
「そうだね。ベルーナ帝国は諦めないと思う」
「私、今とても幸せです。この幸せを壊されたくない。
もし、戦うことになったら、絶対に死なないでください。
失いたくないの」
「死なない。約束する。君の所に必ず帰る」
ルシルは、レイアを抱きしめた。