竜騎士
怪我人の治療が続く中、ルシルはレイア達の待っている、街の奥へと向かった。
街の奥には、レテシア兵達が報告に行っており、住民達は歓喜した。
ベルーナ帝国を追い払ったという快挙。迫る危険からの解放。
住民達、はフォーレイから去る時に、フォージに助けられたことに、本当に感謝していた。
ドラゴン様が助けてくださった、と涙を流す者もいた。
そして、レテシアのために戦った兵士たちに敬意を表していた。
ルシルが住民達の退避している場所に行くと、
ルシルの姿を発見した住民達がルシルを取り囲んだ。
「この度は、本当にありがとうございます!!ありがとうございます……」
住民達はルシルに感謝の言葉を次々に述べた。涙を流している。
「命がけで戦ってくれた仲間たちの力です。仲間たちの……」
ルシルはフォージの亡骸を思い出しながら言った。
悲しみが収まらない。
しかし、無事な住民達を見て、戦ってよかったと思った。
失ったものは大きかった。
散っていった命たちは戻らない。
死にたくなかっただろう。
死にたくないのに、兵士達も、フォージも戦った。
勇敢だった。
レイアが人混みの中から現れた。
ルシルの姿を見て、レイアは安堵している。
「無事に帰ってきてくれましたね……」
レイアは涙ぐんでいる。
「レイアも、無事でよかった……」
ルシルはレイアを抱きしめた。
「ずっと祈り続けていました」
「ありがとう……」
「みんなも無事なのですか?」
「フォージが……僕のために……」
ルシルは黙ってしまった。
沈黙が流れる。
レイアは悲痛な表情をしていた。レイアは、ルシルとフォージの仲をよくわかっている。
だからこそ、何も言えなかった。
「フォージと旅がしたかった。もっと早く、色々な所に連れて行ってあげればよかった……」
「……フォージは、優しい子でした」
「そうだね……」
リーンを失った悲しみも、まだ二人には残っている。
戦いは命を奪うのだ。
攻める側も、守る側も、誰かが死ぬ。
意味があるのだろうか。
わからなかった。ただ、国と皆を守らなければならなかった。
何故、という言葉が止まらない。何故、侵略されねばいけなかったのか……。
リーンとフォージが悪いことをしただろうか。
していない。
心の、優しい……。
ルシルは涙を流しながら俯いた。
ベルーナ帝国との戦いが終わり、レテシア国は平和を取り戻した。
街には侵入されたが、城への侵入を、レテシア兵は許さなかった。
レテシア国王は生き残り、傷ついた国を復興させるように、善政した。
王は民からも信頼を得ていた。それに応えるように、王も全力で復興を目指した。
ベルーナ帝国では、バラージ王に対して不満を抱いていた人々が、恐怖政治から解放された。
ベルーナ帝国の中には、レテシア国への侵略を詫びる者も多くいた。
言い出せなかったのだ。意見すれば、殺されてしまう可能性があった。
バラージ、ジャコン、レイジスは戦いの中で死んだ。
悪がベルーナ帝国から取り除かれ、悪意がベルーナから消えた。
そして、ベルーナ帝国は変わらなければならなかった。
バラージが死に、王の血統は途絶えた。
ベルーナ帝国に、王が不在となった。
ベルーナの民と、兵達は話し合った。これから、どうすべきなのかを。
王が不在となったベルーナ帝国は、レテシア国に、戒めの意味も兼ねて、
レテシアにベルーナ帝国を治めてほしい、と申し出た。
レテシア国王は、この申し入れにかなり戸惑ったが、平和のために、了承した。
これにより、ベルーナ帝国は、レテシア国に吸収される形となった。
ベルーナ帝国を収める人物をレテシア王は考え、カーラを推薦した。
カーラは、私には出来ません、と辞退したが、レテシアの兵も民も、
カーラがベルーナを収めることを望んだ。
カーラなら、絶対に間違った方向には進まない、優しい国になると皆が思った。
実際、内政に対して、カーラは知識があった。
王に見込まれて以来、立派に国の仕事を果たしてみせると思い、
武術だけではなく勉学にも励んでいたのだ。
ベルーナ帝国の人々は、その話を聞いて盛り上がった。
圧政をしていた王を打ち倒したのは、他でもないカーラなのだ。
バラージに対し不満を抱いていた民は、バラージを打ち倒したカーラの政治に期待した。
カーラは拒否し続けていたが、レテシア王に頭まで下げられてしまい、
渋々、承諾した。そして、レテシア王に対して言った。
「お世話になった御恩は、決して忘れません。
ベルーナから、レテシアの平和をお祈りしております。
こんな私を、今まで……本当にありがとうございました。
私はベルーナに移っても、王の兵です」
カーラは涙を流していた。レテシア王が、カーラを変えてくれたのだ。
その感謝の気持ちが、とめどなく溢れていた。
王も、世話を焼いたカーラの涙につられて、泣いてしまった。
「ベルーナを頼むぞ」
王は絞り出すような声で言った。
「お任せください」
カーラは力強く敬礼した。
カーラがベルーナを治めることになる事が、ベルーナの民に伝わると、
ベルーナの民は熱狂とも言える勢いで、カーラを歓迎した。
平和主義の人格者、というカーラの評判を聞いて、民は喜んでいる。
カーラは圧政をしていたバラージを打ち倒した人物なのだ。
英雄のような扱いをされるのも無理はなかった。
カーラは歓迎に戸惑ったが、やれることをやろうと思った。
決して、また同じような戦いが起こってはならないのだ。
平和な国にするため、カーラは良き指導者であろうと望み、上に立つ者としての覚悟を決めた。
フォージと旅に出る約束は、果たせなくなった。
ルシルはレテシア本都の戦いの後、レイアと結婚した。
ルシルは亡きフォージと共に、英雄と呼ばれた。
その名通りの活躍で、国を守り抜いたからである。
レテシア王、街の者、兵士、みんながルシルにお礼を言った。
「戦ってくれてありがとうございます……ありがとうございます……」
「あなたがいなければ、私たちは殺されていました」
「よくぞ立ち向かってくれました。生き残れたのもあなたのおかげです」
皆、ルシルのことを認め、レテシア国で最も有名な人物になったルシル。
カーラはベルーナに向かい、将軍がレテシアに不在となった。
そこで、レテシア王はルシルに話を持ち掛けた。本都に仕えてみないか、と。
ルシルはレテシア王の提案に戸惑った。
ルシルは自警団のリーダーなのだ。
本都に仕えては、自警団の団長の役目をこなすことは出来ない。
しかし、自警団のメンバーがその話を聞くと、
メンバー達は、ルシルの背中を押した。今、レテシアには力が必要だと。
ルシルは自警団のメンバーとの別れを惜しんだが、
皆の賛成もあり、本都に仕えることにした。レイアも一緒である。
自警団の枠を超え、ルシルは国の英雄として、本都に仕えることになった。
フォージはもう亡くなっていたが、皆はルシルの事を「竜騎士」と呼んだ。
ルシルがそう言われることを望み、フォージの事を一生忘れないと誓ったからだ。
自警団は、ルシルが団長で無くなることを寂しく思ったが、国のためと割り切った。
ルシルは、ヒュンフに団長の役目を任せた。
その後ルシルは、レイアと共に、慎ましく生き、勇敢に、
レテシア本都の平和を守り抜いたとされている。
レテシアに竜騎士あり。
その名はルシル。
ヒュンフは、ルシルから自警団団長の座を任されることになった。
人との信頼関係が良いものだ、と気づけたヒュンフは変わった。
元々、頭脳明晰なヒュンフが団長になることを反対する者はいなかった。
実力もあった。弓でヒュンフの右に並ぶ者はおらず、
ぶっきらぼうな態度は変わることが無かったが、
ヒュンフは他人の見えない所で、人に優しくしていた。
人に見えない親切をする男になった。
ヒュンフは、戦いで散ったリーンとフォージに敬意を払っていた。
リーンの墓は、リーンの故郷であるフォーレイに建てられた。
街の者達もまた、リーンに最大限の敬意を払っていた。
小さな子供だったリーン。勇敢になった大人のリーン。
ヒュンフは、いつかリーンが笑顔で並べていた、
ポーカーの、ストレートを墓前に供えたと言われている。
レイアはルシルと結婚し、一人、子を産んだ。
自警団と離れて、ルシルに付きそうように、ルシルと共に暮らした。
レイアは、リーンの事をずっと忘れなかった。
リーンの成長、勇敢さはレイアに強い影響を与え、
レイアは芯の通った、本心で恐れない心を持つ、強い女性へと変わっていった。
優しく、厳しく、温かいレイアはレテシア本都の老人、子供に愛された。
レイアのような女性になりなさい、と街の母親たちは子供たちに教えていた。
レイアもまた皆を愛し、そして、ルシルを愛し続けたと言われている。
ゴルドは自警団に戻った。
次期団長となったヒュンフと共に、街の治安を守った。
ヒュンフと、寂しくなったな、という話をした。
ルシルとレイアはレテシア本都、そして、亡くなったリーン。
ゴルドは、いなくなった人々の分まで、自警団で兄貴分として働いた。
ゴルドは生涯、心の中に灯った、守る勇気を忘れなかった。
自警団の活躍は報われ、悪党は自警団を恐れ、悪さを働かなくなったのだ。
ルシル・クリフォート。
ヒュンフ・レイ。
ゴルド・バルザック。
レイア・コーラル。
リーン・ステラス。
レテシア国に存在した、自警団。
勇気ある者たちの、名前である。
自警団は、最初、初代団長が、平和のために創設した。
それを受け継いだのが、ルシル。
自警団は平和のために、悪を懲らしめた。
そして、ベルーナ帝国に勇敢に立ち向かった。
最初の戦いは、後世まで、レテシアに語られた。
レテシアの民は、自警団を誇りに思った。
平和を願う者。それだけではなかった。平和にために、行動することが出来る者。
自警団の勇気を、レテシアの民達は忘れなかった。




