嵐の後
第五章 黙祷
馬の足音が聞こえてきた。
勝利の音が聞こえてきた。
白馬に乗ったカーラが、勢いよく街の広場に飛び込んできた。
ルシルがベルーナ兵達と交戦している。
ルシルとカーラの目が合った。
ルシルの顔が明るくなる。
突破されるかもしれない。早く。早く。
いつまで持つかわからなかったルシルは、安堵した。
「ベルーナ兵達よ!!これを見ろ!!」
カーラは叫び、王の首を左手で掴んで、敵兵達に見せた。
紛れもなく、バラージの首である。
「ベルーナ王は死んだ!大人しく出ていくがいい!!」
ベルーナ兵達は本当に驚いた。
紛れもなく王の首だったからだ。
何故、自分たちがレテシアを攻めているのに、バラージ王が殺されているのか。
状況がわからなかったベルーナ兵達だったが、
確かに、そこに王の首があるという事実。
ルシルに挑もうとしていたベルーナ兵達は動揺し、
そして、ややあった後、広場から逃げ出して、正門の方へ走っていった。
正門近くにいる、他の兵士と合流しようとしているのだろう。
広場からベルーナ兵がいなくなった。
カーラはルシルの元に駆け寄った。
「よくぞご無事で。外の兵は撤退していきました」
カーラが外の様子をルシルに知らせた。ルシルは安堵した。
それと同時に、フォージの所へ行きたい、という気持ちがルシルに現れた。
「私は部下と街の中を見て回ります。まだ帰還していない敵兵がいるかもしれません」
ルシルは強く頷いた。
カーラの騎馬部隊が、次々に広場へとやってきている。
「お願いします。僕は、少し、外へ」
「了解しました」
カーラは頷いた。
そして、ルシルは正門に向かって走り出した。
フォージはきっと倒れたままだ。皆の様子も気になる。
ルシルが正門に走っていく時、敵兵の姿は見当たらなかった。味方のレテシア兵しかいない。
レテシア兵達は、安堵しているようだった。
ルシルは走って正門にたどり着いた。門は完璧に破壊されている。
倒れているレテシア兵も、たくさんいた。
立っているレテシア兵は、倒れている者の救助に必死だ。
死者が多くならないように祈りながら、ルシルはフォージの元へと急いだ。
きっと倒れたままのはずだ。
正門から外に出ると、フォージの姿はすぐに見つかった。
ルシルを助けてくれた場所から動いていない。
ルシルはフォージの傍へと駆け寄った。
フォージの黒い体は地に伏し、目は閉じている。
「フォージ!」
ルシルは呼び掛けた。
……返事はない。
ルシルはフォージのお腹を触った。とても冷たかった。
「フォージ、戦いが終わったんだ。目だけでも開けてくれ!」
フォージから返事はない。
「開けてくれ……」
ルシルの目に涙が零れた。
フォージの息は、止まっている。それに気がついてしまった。
フォージは死んでいるのだ。
ルシルは思った。
どうして……。
街の中で、安全に休んでくれていればよかった。
瀕死だったのに。フォーレイの皆を助けるのに、力を使い果たしたはずなのに。
何故、そこまでして、自分を助けてくれたんだ……。
フォージの事は、確かに友であるとルシルは思っていた。
でも、フォージはルシルに縛られる必要はないと思っていた。
恩を感じてくれていたにしても、死ぬまで、命を懸けるほどの義理は、ないはずだ。
生きていてほしかった。
旅がしたかった。
隣の国にでも、その隣の国だって行けた。
フォージが美味しそうに、赤い果物を食べている姿がルシルの頭に浮かぶ。
フォージは怒ったことなどない。
優しい友だった。
人間に酷い仕打ちをされたのに、ルシルには心を開いた。
決して、人間への憎しみに囚われたりはしなかった。
ルシルは立ち尽くしている。
フォージは動かないまま。
目を閉じたまま。
英雄だった。
ルシルは、フォージが天国へ行けることを祈った。
フォージならいけるはずだ。
ルシルのために、仲間のために、尽くしてくれたことを、
ルシルは一生忘れないだろうと思った。
他人のために戦う、言うは易いが、簡単に出来ることではないのだ。
ありがとう、フォージ。安らかに眠ってくれ。
今までありがとう。
ルシルはしばらく、フォージに黙祷した。
険しい戦いを終えたレテシア兵達。
怪我人の救助が始まっている。
戦いで多くの命が失われた。これ以上失うわけにはいかない。
敵兵は完全に撤退し、脅威は去った。
大丈夫か、と怪我人に呼び掛けるレテシア兵たち。
ルシルもそれを手伝った。
フォージの死は、とても、とても悲しかった。
だが、これ以上犠牲者を出してしまうわけにはいかない。
ルシルは気丈に、怪我人の救助を手伝っている。
ヒュンフも救助を手伝っている。無事だったのだ。
城壁の上の弓兵隊、傷ついている者がいる。
ヒュンフは、怪我人を街の中に入れるべく、肩を、怪我をしているレテシア兵に貸した。
ヒュンフの心には、言い表せない感情が渦巻いていた。
仲間たちと共に掴んだ勝利。
ヒュンフは仲間を信頼し、背中を預けた。
そんなことは今までのヒュンフからは考えられなかった。
しかし、仲間に影響されて、背中を預けてみるのも悪くない、と思えるようになった。
他人をたやすく信頼してしまうというのは、危険なことだ。
しかし、危険だけではない。
友情という、人間の心が、爆発的な力を生むのだ。
その友情の力を、ヒュンフは思い知った。
一連の戦いを通じて、ヒュンフは成長したのだ。
「らしくないな」
と、ヒュンフはフッと笑った。
ゴルドは街の中にいた。
ベルーナ兵からの防衛に成功した街の中だが、怪我人がたくさんいる。
ゴルドはその兵達を救護すべく、街を見回っている。
重傷者を優先的に治療すべきだと判断していた。
街を歩くゴルド。
戦いは終わった。
ゴルドは今まで、守り抜く勇気が無かった。
失った恋人、強盗、その影がゴルドにずっと付きまとっていた。
しかし、ゴルドはこの戦いで、一騎当千の活躍を見せた。
まったく、敵に怯みはしなかった。
再び、守るべきものが出来たからだ。
そして、過去の思いに囚われず、ゴルドは戦った。
その雄姿は多くのレテシア兵に勇気を与え、そしてレテシア国の防衛に貢献した。
人の為に戦う。その勇気をゴルドは取り戻した。
「守り抜いたぜ」
ゴルドは過去の重みが取れたかのように、呟いた。




