灯火
第四章 本都決戦
ルシル達は本都へと逃げ帰った。
苦渋の避難だった。
正門はヒュンフが開けておいたため、すぐに街の中に入ることが出来た。
本都の皆にも、ルーベルが情報を伝達したため、状況は大体伝わっていた。
本都へと戻ることができ、安心する住民達。
住民達はフォージに対して、ありがとうございます、と何度もお礼を言った。
しかし、フォージは瀕死のままだ。すぐに手当をして、休ませなければならない。
そして、街の外で戦わなければならないことを、戦う皆に伝えなければならなかった。
街に戻ったルシル達を、すぐに、ヒュンフと、ゴルド、レイア、ルーベルが出迎えた。
ヒュンフはとても嬉しかった。みんな無事だったのだ。ドラゴンが守ってくれたのだ。
ドラゴンが大怪我をしている。よくやってくれた。値千金の活躍だ。
「無事だったな!」
ヒュンフがルシルに近寄った。
しかし、ルシルの顔は浮かない。
ルシルの目に涙が零れた。
「どうした?」
ゴルドが怪訝そうに聞いた。嫌な予感を瞬時に感じた。
「リーンが殺された」
「え」
レイアの表情が凍った。
周りもだ。全員凍り付いている。
「住民の皆を守るために、命を懸けたと……」
ルシルはうなだれてしまった。
「フォージの治療をする。このままではフォージまで死んでしまう。ベルーナ帝国は許さない」
ルシルは皆に背を向けて、フォージの治療を始めた。
ヒュンフは、冗談だろ、と言いたい気持ちだったが、ルシルの言葉は恐らく事実だ。
リーンは死んだのだ。だからドラゴンが助けに行くのが間に合った。
何故?何故リーンは逃げなかった?
皆を守るため……勇敢だ。勇敢すぎる。
らしくない。どうしていつも通り逃げないのか。生きて帰ってこないのか。
どうして……。
皆、泣いていた。
どうして、という気持ちは皆同じだ。
「泣いてる場合じゃねぇ!」
ゴルドが涙を拭いながら言った。
「リーンが命を懸けたんだ。俺たちがそれを無駄にするわけにはいかねぇ」
渾身の言葉だった。
ゴルドは、リーンが自警団に入ったころから、リーンを可愛がってきた。
リーンはいつでも皆に愛される、自警団のマスコット的存在だった。
「住民を街の奥に逃がすんだ!そして……俺たちは城壁の上と、外で戦うしかない。住民が巻き添えになる」
ゴルドは皆を引っ張ろうとした。
泣いていてもリーンは帰ってこない。
リーンが尊重した住民の命を守らなければ、何の意味があったのかわからない。
レイアは泣き崩れている。
声を出して泣いているレイアだったが、ゴルドの言葉が深く刺さった。
無駄にしてはいけない。リーンの死を無駄にしてはいけない。
いつもは仮面を被っているレイア。
人の顔色を伺っているレイア。
しかし、この瞬間は違った。本心から、皆を守らねばと思った。
「街の人々を奥に避難させます。戦いに巻き込まれないように、なるべく奥に」
レイアは真っ赤になった目で言った。
「レイア、頼む……」
ルシルの声は小さかった。
レイアを深く頷くと、住民達を連れていき始めた。
ルシルはフォージに応急措置を続けている。もう絶対にフォージは戦えない。
瀕死である。助かるか、助からないか、わからない。危ない。
ルシルがフォージの応急措置に精一杯と見ると、ヒュンフは話し始めた。
「俺は最初の作戦通り、塔の上に行く。ただ、歩兵部隊は……」
ヒュンフの言葉が少し濁った。
ゴルドはそれを察した。歩兵部隊を心配しているのだ。
「俺たち歩兵部隊は正門の外に出る。街に敵を入れないように戦う」
「……そうなる。だが……」
「今戦わなきゃいけねぇんだ」
ゴルドは、戦いに自信はない人間だった。
強盗に最愛の人を人質にされ、そして最愛の人を殺されてしまった以来の、恐怖心。
守れないということ。
あの時、相手に飛びかかっていれば、助けられたかもしれないと、何度も何度も悔やんだ。
しかし、今のゴルドは違う。
必ず皆を守り抜いて見せるという決意があった。リーンがそうしたように。
強い勇気の炎がゴルドの心に燃えている。リーンがそうさせたのだ。
「ベルーナ帝国は卑怯者だ。あんな奴らには負けない。
俺には今まで戦いに勝つ自信が無かった。
だが、今の俺は違う。リーンが命を張ったんだ。俺はもう迷ったりしない」
「ゴルド……」
「お前は塔の上から援護に徹してくれ。俺は必ず敵を中には通さない」
「わかった。正門は託した」
ヒュンフはゴルドを信頼した。
信頼などヒュンフには程遠い言葉だったが、ゴルドに満ちている言葉の力強さが、真剣な眼差しが、
ヒュンフの心に響いた。
ヒュンフがゴルドに手を差し出すと、ゴルドはその手を強く握った。
そして、ゴルドはルシルの方を向いて言った。
「ルシル、歩兵部隊に、正門を守るように伝えてくる。そのまま俺も外で待機する」
フォージの手当てをしているルシルはゴルドの方を向いた。
「後で僕も加わる。先に行っていてくれ、ゴルド」
「任せろ」
ゴルドは固い握手の感覚を手に、正門の守りへと向かった。
「俺も塔へ行く。治療が終わったら歩兵部隊に合流するんだろうが……死ぬなよ」
ヒュンフも持ち場へと向かった。
ルシルは再びフォージの治療に戻った。
刺さっている矢の数が多い。強力な力で発射された矢もありそうだ。
ゆっくりと弓矢を抜くとき、フォージが苦しそうにしている。
たった一匹で立ち向かったのだ。敵からの集中砲火を浴びたのだろう。
きっと、あの速かったスピードで飛ぶだけでも、弱っているフォージにとっては大分体力を消耗しただろう。
ルシルはフォージが死なないように、懸命に治療した。
矢を引き抜き、薬を塗り、しかし、フォージはまったく元気がない。
ただ、息はしている。安静にしていれば治るか治らないか、五分五分かもしれなかった。
「ありがとう、フォージ。もう戦わないでくれ……本当にありがとう」
フォージは返事をしなかった。返事をする体力もなさそうである。
ひとまず、ルシルはやれる事をやった。後はフォージの体力次第た。
戦いに連れて行くわけには絶対にいかない。
ルシルは、歩兵部隊に合流するつもりでいた。
槍を持って戦う。ベルーナ帝国を許さない。
「フォージ、僕は戦いに行ってくる。街の中で安静にしていてくれ」
ルシルの声は固い響きだった。
フォージをそこに置いたまま、ルシルはゴルドの待つ正門、歩兵部隊の所に向かった。
ルシルは正門前でゴルドと合流していた。
会話をしていたが、言葉が長く続かない。
沈黙が流れる。
二人ともリーンのことに思いを馳せていた。
「……なんでだろうな」
ゴルドは首を振った。
「リーンは何も悪いことをしていない」
ルシルは遠くを見つめている。
「なのに、死ななければならなかった。不条理だ。どうして、何もしていないのに、傷つけるんだ?
なんで、こんなことが出来るんだ……?わからない。ベルーナ帝国が許せない」
ルシルはベルーナ帝国への恨みを強くしていた。
仲間想いのルシルだ。どうして、という言葉ばかりが頭に浮かんでいる。
本都を守る、という事より、ベルーナ帝国への恨みが強くなっていっている。
ゴルドはそれを察した。
ゴルドもベルーナ帝国が許せない。
しかし、目の前のルシルは、敵陣に飛び込んで、自分の身を案じないような気がした。
無理もない。しかし、ルシルもまた、死んではいけないのだ。それにルシルは気づいていない。
ゴルドはかける言葉を考えた。このままではルシルは死ぬかもしれない。
素直な言葉をかけることにした。
「なあ、お前は……死ぬなよ。もう失うのは御免だ」
「ベルーナ帝国を倒すためなら……」
「そうだ。確かにそうだ。だが、お前も死んではいけないんだ。生き残ってくれ。
リーンがいたら、お前になんていうと思うか?」
「……」
「必ず無事でいてくれ、というはずだ。俺たちは死ぬために戦うんじゃない。憎んで戦うんじゃない。
大切なものを守るために戦うんだ。そして、俺にとってはお前も守るための大事な存在だ。
だから、無茶をするな。守りたいという気持ちを思い出すんだ」
ゴルドは丁寧に言葉をかけた。ルシルがそれに突き動かされたように、沈黙した。
リーンがいたらなんと思うか。確かにその通りなのだ。
ルシルの死を望みはしないはずだ。
そうだ。
住民達を守って、リーンは死んだのだ。
リーンのことを思うなら、ルシルはその意思を引き継いで、
住民を守られなければならないのだ。死んでしまっては、皆を守れない。
「……わかった、ゴルド。リーンの意思を引き継ぐ。僕は皆を守る。死んだら、皆を守れない」
ルシルの瞳が力強くなった。光が灯っている。
「それでいいんだ。俺たちで、守り抜くぞ」
ゴルドは安心した。
やはり、ルシルは心の優しい人間だ。
リーンの事を、他人の事を想える人間だ。
ルシルに死ぬなと言ったゴルドだが、
ゴルド自身は、ルシルが窮地に立たされたら、自分の命をかけて守ろうとしていた。




