失う
ルシルは草原を馬で駆けていた。焦っている。
早くフォーレイの皆を守りにいかなければならない。
ルシル一人が行ってどうにかなる相手ではない。
それは頭ではわかっていたルシルだが、体が先に動いていた。
フォージと共になら、守り抜けるかもしれない……。
とにかく、助けに行くしかないのだ!
ルシルは駆けた。全速力で馬を飛ばした。
ベルーナ兵が逃げていくドラゴンと、住民を追っている。
油を持っていた兵士、炎に包まれた兵士達は、ほぼ大やけどをし、
戦闘不能な者は置いていかれた。
レイジスが先陣を切って走っている。黒い甲冑。
レイジスは身軽だったが、部下の兵士達が上手く付いてこれていない。
部隊全体がバラバラになっている。
レイジスは走っているが、追いつかない。
住民とドラゴンに、どうしても追いつかない。
狂気の執念で追っていたレイジスだが、流石に冷静に判断を下した。
レイジスは判断した。無理だ。追いつけない。
このまま敵陣に突っ込めば、部隊がバラバラな所を相手に狙われてしまう。
一旦全ての兵力を集中させ、冷静に攻めるべきだ。
ドラゴンは明らかに弱っていた。あれだけ攻撃を浴びせたのだ。恐らくもう戦えない。
焦ることはない。炎を喰らったとはいえ、ベルーナ帝国には時間という武器があるのだ。
冷静に兎を殺すのだ。
レイジスは立ち止まり、後衛の部隊がレイジスに追いつくのを待つことにした。
地面に転がっている石を蹴り飛ばし、チッと舌打ちした。
ルシルは馬に乗って、祈るような気持ちで走り続けた。
無事でいてくれ、どうか……。
そのまま急いで駆けていくと、希望の光がルシルの視界に映った。
住民とフォージが見える!
住民は走って逃げ、フォージは飛んでいる。
ルシルは目に涙を浮かべながら、皆の方向に急いだ。
みんな無事だったのだ。きっと、フォージが助けてくれたのだ。
ルシルとフォージ達は合流した。
住民達は無事なようだ。ルシルは安堵した。
しかし、気になるのが、フォージの大怪我だった。
フォージの息は浅く、今にも死んでしまいそうだった。
早く本都で手当てをしなければならない。心配だ。
そして、気が付いた。リーンの姿が見えない。
住民に紛れているのかと思ったが、どこにもいない。
ルシルは住民達を連れて行くように先導しつつ、近くにいる住民にリーンの事を聞いた。
「リーン……青い髪のリーンは、どこへ?」
聞かれた住民はハッとした顔になり、俯いてしまった。
そして、その口から言葉がこぼれ出た。
「私は遠目から見ていました……。青い髪の女性は、みんなを逃がすために、敵に向かっていって……殺されてしまいました……」
住民は悲しそうに、押し黙ってしまった。
ルシルはショックを受けた。
リーンが死ぬわけがない。
リーンが死んだ等、到底受け入れられなかった。
「嘘ですよね!?リーンが死ぬわけがない!」
しかし、他の住民達も俯いている。
「ドラゴン様とあのお方がいなかったら、私たちは死んでいました……あの方は、勇敢でした……」
事実だった。ルシルはわかってしまった。これは事実なのだ。
何故?何故リーンが死ななければならないのか?
何故、フォーレイを攻めた?
ルシルはフォーレイを安全だと断じた。
その結果がこれだ。皆を危険にあわせ、リーンを失ってしまった。フォージも瀕死だ。
リーンの元気な姿がルシルの頭に浮かんだ。
わからない。リーンはまたひょっこりと現れるのではないかと、願望を抱いた。
しかし、それは雲を掴むような話。
ルシルがリーンを失った悲痛を感じていると、次に湧いてきたのは憎しみだった。
何故、無抵抗の者を狙う?何故、弱い者を狙う?
ベルーナ帝国は悪魔だ。ルシルは許せなかった。
今すぐにでも、リーンの無念を晴らしたかった。
しかし、そうするわけにはいかないのだ。
住民達を本都に送り届けなければならない。
リーンが命がけで守ったのだ。その意思を引き継がなければならない。
ルシルは復讐したい気持ちをグっと堪え、住民達を先導した。
フォージはなんとか歩いている。しかし、息絶えるのも時間の問題だった。
ルシルは悲しみと復讐心に囚われていて、考える余裕はなかったが、状況は深刻だった。
住民達は、本都に逃がす他ない。
しかし、住民達を本都に収容すると、市街地戦には持ち込めない。
城壁の外に歩兵部隊を展開させ、正門を突破されないようにしなければならないのだ。
それをルシルが認識するのは、時間が必要だった。
ルシルはリーンの勇敢さに涙した。
戦いが苦手だったリーン。
しかし、誰より強い勇気を心に秘めていたのだ。
ルシルは英雄と呼ばれた。
しかし、何が英雄だろうか、と自分を悔やんだ。
何も出来なかった。住民達を危険に晒し、昔からの仲間も守れない。
ただただ、ベルーナ帝国が憎かった。
怒りの目線をフォーレイの方角に向けたが、敵は来ない。
追ってこられないのは幸いだったが、ルシルは敵が来たら突き殺す気でいた。
皆を連れて、外を歩く。
本都へと帰還しようとするルシルの背中は、憎しみに満ちていた。




