フォージとレイジス隊
レイジスはリーンの亡骸を見つめていた。
あっけない。ただの村人だった。
しかし、情報を得る前に殺してしまったのは少々迂闊だったかもしれない。
だが、他の村人を捕らえて話を聞いてしまえばいい、とレイジスは思った。
リーンの稼いだ僅かな時間で、住民達が本都の方に逃げ出している。
「村人を逃がすな!油を持っている物は、街に火をつけろ!」
レイジスが指示を出した。一人も逃がさないという狂気の影が見える。
村人は必死に逃げている。しかし、速く走れないものもいる。
誰か……。誰か……。
その時、本都の方から高速で空中を飛んでくる物体が現れた。
レイジスが殺気を感じて後ろを振り返る。
そして笑みを浮かべた。
「来たな!ドラゴン!」
レイジスは思った。好都合。
ドラゴン一匹と兵隊達を相手にするのと、ドラゴン一匹だけ相手をするのと、どちらが楽か。
ここで、唯一の不安の種を、殺せる!
その殺気に反応するかのように、フォージがレイジス目掛けて一直線に突撃した。
レイジスは素早く右方向に転がって、フォージの突進を避けた。
弓兵とバリスタがフォージを狙って矢を放つ。
さらには、鎖がフォージを捕らえようとする。
フォージは左方向にぐるりとカーブをし、矢を極力避けている。
兵達の集中は完全にフォージに向けられている。
逃げる住民達を追いかける暇も無い。
住民達は逃げている。
フォージは空中で力強く構えた。
弓兵隊めがけて、空中から素早く落下。
多数の矢が飛んでくる。構わず突撃。
空中から地上への圧で弓兵隊に打撃を与えた。
また鎖が飛んでくる。
フォージの腕に鎖が絡まったが、フォージはなんとか振り払った。
レイジスは攻撃に当たらないように気を付けながらも、
ドラゴンの動きを見ていた。
最初飛んできたときのスピードは速かった。
しかし、今は減速しているように見える。
理由はわからないが、弱ってる。
ドラゴンを引きずりおろすには……。
「剣兵!村人を追いかけろ!」
レイジスが指示を出した。
ドラゴンと戦っているのに、何を悠長な、と兵士は思ったが、おとなしく命令に従った。
レイジス隊の前衛が住民に突撃していく。
それを見るとフォージは、住民を守るために歩兵部隊に突撃した。
レイジスの読み通りだった。
ドラゴンは人間を守ろうとしている。だから急いで飛んできた。
誰かがドラゴンに情報を渡したのだ。
逃げ惑う住民達は、いわば人質。
住民に危険が迫れば、間違いなくドラゴンは地上に降りてくる。
空中では無敵のドラゴンも、地上なら攻撃が通る。ひきずり落とせる。
剣兵めがけて突撃してきたフォージに矢の雨が降り注いだ。
バリスタは威力が高い。
一発、どこか急所にでも直撃すれば、ドラゴンとはいえ無事では済まされない。
フォージはそれを覚悟で、住民を守っている。
フォージは雄叫びを上げた。
凄まじい声だった。
兵士たちは一瞬怯んでしまった。レイジスですら、多少の危機感を覚えるほどだった。
ベルーナ兵は皆、ドラゴンを、多少甘くて見ていた。
ベルーナ帝国の兵力を持ってすれば、ドラゴンも倒せると思っていた。
しかし、今、目の前に現れた脅威は、倒れてくれない。
倒せるのか、という疑問が兵士達に頭の中に不安として浮かんだ。
一方、フォージとしてはかなり危ない状態だった。
急いで飛んでくるのにも体力を消耗した。
加えて弓矢がいくつか刺さっている。
弱っているフォージは、そう長くは持たないだろう、と予感していた。
しかし、それでも戦わなければならない。
フォージは思った。
自分が戦わなければ、誰が住民を守るのか?
答えはない。誰も守れない。フォージ以外は。
フォージは渾身の力を振り絞って、再び剣兵めがけて突撃した。
自分ではない他人のためにフォージは命を懸けて戦っている。
負けるわけにはいかない。
負けるわけにはいかないのだ。
フォージの奮闘の甲斐があってか、ベルーナ兵と住民達の間に距離が出来ている。
住民達は本都の方へ逃げている。
その時、バリスタの一撃がフォージに突き刺さった。
フォージが呻き声を上げて、態勢を崩した。
すかさず鎖が飛んでくる。
体、脚、頭と鎖が巻き付いた。
フォージは振り払おうとしたが、体力がほとんど残っていなかった。
鎖によって地上に引きずり落とされてしまった。
尻尾を振って、近寄る剣兵を吹き飛ばしたが、槍兵の攻撃がフォージを襲う。
フォージの体に武器が刺さる。しかし、フォージは動けない。
うなだれている。
「すぐに息の根を止めろ!」
レイジスが命令している。
ベルーナ兵は勝ったと思った。
しかし、フォージは諦めなかった。瀕死ながらも、口から炎弾を吐き出した。
その炎弾が、油を持った兵士に直撃して、派手に炎が広がった。
平原があっという間に、炎に包まれてしまった。
ベルーナ兵は突然の炎の広がりに気を取られた。
レイジスがジャコンに貰ってきた油が、裏目に出た。
フォージはベルーナ兵が怯んでいる間に、最後の力を振り絞り、鎖を払って空中に飛んだ。
そのまま出来るだけ高く飛んだ。動きはとても遅い。
住民達は逃げ続けていたので、ベルーナ兵にはそう簡単に追いつかれなさそうだ。
フォージは極限まで弱ったまま、住民の後を追った。
レイジスは歯を噛みしめている。
「逃がしてどうすんだよ!!無能が!!」
兵士達に当たり散らすレイジス。
ドラゴンを逃がしたばかりか、油によって発生した炎で、一部の兵力が削られてしまった。
「追うぞ!!」
レイジスは不満を一杯に抱えたまま、号令を出した。




